史上最長の「尾」を持つ巨大ウイルス、ハワイ沖で発見される
北太平洋、ハワイ沖の海で、これまでに確認された中で最長となる尾を持つ巨大ウイルスが発見された。
「PelV-1(ペルブイワン)」と名付けられたこのウイルスの本体の直径は約200ナノメートル(nm)だが、そこから2,300ナノメートルもの細長い尾部を伸ばしている。
このウイルスは、海にすむ小さな植物プランクトンにその長い尾でぴたりと付着し、やがて宿主に取り込まれ、尾は姿を消す。
尾が宿主の外でのみ形成されるというこの奇妙な仕組みの理由はまだ解明されていない。
この研究のプレプリントは『bioRxiv』誌(2025年7月19日付)に掲載された。
一般的なウイルスは直径数十〜100ナノメートルほどで、肉眼では見えず、電子顕微鏡を使わなければ観察できない。
ナノメートル(nm)は、1ミリメートルの100万分の1という極めて小さな長さの単位だ。
そんな中、近年注目されているのが「巨大ウイルス」と呼ばれる存在だ。
これらは直径100ナノメートルを超えるサイズを持ち、遺伝子の数も多く、一般的なウイルスよりもはるかに複雑な構造をしている。
中には、ウイルスでありながら代謝や修復といった細胞に似た機能を持つものもある。これまでの「生物と非生物の中間的な存在」というウイルスのイメージを大きく変える存在として、科学界でも注目されている。
この画像を大きなサイズで見るチリ沖で発見された史上最大の巨大ウイルス、パンドラウイルス・サリヌス(Pandoravirus salinus)は直径が700ナノメートルもある。 image credit: © IGS CNRS-AMU / Chantal Abergel and Jean-Michel Claverieハワイ大学マノア校の研究チームが発見した「PelV-1(ペルブイワン)」は、「巨大ウイルス」に分類されるが、特筆すべきはその“尾部”の長さにある。
PelV-1が見つかったのは、ハワイ北方に広がる「北太平洋亜熱帯循環域(North Pacific Subtropical Gyre)」と呼ばれる広大な海域だ。
この一帯は、栄養塩が少なく、生物の数も少ないことから「海の砂漠」とも呼ばれている。
研究チームはこの海域に設置された海洋観測拠点「ALOHAステーション」で、水深25mの海水を採取。そこから単細胞藻類「渦鞭毛藻(うずべんもうそう)」のPelagodinium属と、それに感染するPelV-1を同時に発見した。
渦鞭毛藻は、縦横に溝を持つ独特な形の単細胞藻類で、2本の鞭毛をぐるぐる回して、まるでコマのように海中を移動する。
PelV-1の本体からは、2種類の付属構造が突き出しており、ひとつは長さ2,300ナノメートルにも及ぶ細長い尾部、もうひとつは短く太い突起状の構造である
一つは、直径約30ナノメートル、長さ最大で2,300ナノメートルに達する細長い尾部であり、もう一つは、より短くて太い突起状の構造で、カプシドの反対側に位置していた。
これらの構造によって、PelV-1には五つの異なる形態があることも確認された。電子顕微鏡による観察では、長い尾部は宿主細胞の表面に接触する際に使われ、感染の初期段階において重要な役割を果たしていると考えられている。
興味深いのは、この尾部が常に存在しているわけではないことだ。
PelV-1が宿主細胞の中で増殖している間には尾部が見られず、宿主が破裂してウイルスが外に出たあと、初めて尾部が組み立てられるという。
なぜ尾が細胞の外でしか形成されないのか、その理由はまだわかっていない。
この画像を大きなサイズで見る2種類の付属構造が付き出したPelV-1 / Image credit:Gajigan & StewardPelV-1と、その近縁種であるco-PelV(コ・ペルブイ)は、いずれも「メソミミウイルス科(Mesomimiviridae)」という珍しいウイルスグループに分類されている。
これは、二本鎖DNAを持つ大型のウイルス群のひとつで、いわゆる「巨大ウイルス」の一種にあたる。サイズも遺伝子数も通常のウイルスをはるかに超えており、その構造は細胞生物に近いほど複雑だ。
ゲノム解析の結果、PelV-1には467個のタンパク質をコードする遺伝子と、9種類のtRNA遺伝子があることが明らかになった。一方、co-PelVはさらに多く、569個の遺伝子と14種類のtRNAを持っていた。
解析によって見つかった遺伝子には、アミノ酸や糖、脂質の代謝に関わる酵素、細胞のエネルギーを生み出すTCA回路の構成要素、光を感知するロドプシン、水分の出入りを調整するアクアポリン、イオンの通り道となるイオンチャネルや糖輸送体などが含まれていた。
さらに、寒さなどのストレスに対応するための熱ショックタンパク質HSP70や、他のウイルスに見られる尾部の繊維に似たタンパク質も確認されている。
こうした多様な機能を持つPelV-1は、単なるウイルスというよりも、まるで極小の細胞生物のような性質を備えた存在だといえる。
この画像を大きなサイズで見る尾部の接触:PelagodiniumとPelV-1の感染初期段階をとらえた電子顕微鏡画像走査型電子顕微鏡(SEM)および透過型電子顕微鏡(TEM)で撮影された、Pelagodinium属の渦鞭毛藻にPelV-1ウイルスが接触・感染する初期過程の様子。尾部が宿主細胞に付着する様子や、感染が進行する過程が確認できる。 / Image credit:bioRxiv (2025). DOI: 10.1101/2025.07.19.665647広大な海の中で、ウイルスが宿主となる微生物に出会うのは容易なことではない。とくに、生物密度の低い北太平洋亜熱帯循環域のような海域では、感染の機会そのものが限られている。
研究者たちは、PelV-1の異常に長い尾部が、こうした環境で宿主と接触する確率を高めるための構造ではないかと考えている。尾が長ければ、そのぶん遠くにいる細胞にも触れる可能性が高まるからだ。
この発見は、これまであまり注目されてこなかった「植物プランクトンとウイルスの関係」に、新たな視点をもたらした。
今後は、このようなウイルスが海の栄養循環や生態系全体にどのような影響を及ぼしているのかが、重要な研究テーマとなっていくだろう。
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