コラム:自民・維新連立政権がドル/円相場に及ぼす影響=尾河眞樹氏
[東京 21日] - 「高市トレード」に沸いた金融市場も、10月10日を境にその勢いは一気に萎むこととなった。公明党がこの日、26年間にわたる自民党との連立解消を表明したことがきっかけだ。少数与党であっても、少なくとも自民党総裁である高市早苗氏の首相指名は確実視されていたのが、突如不透明になった。総裁に高市氏が就任してからは、日銀の利上げが遠のくとの見方から円安が進行し、一時ドル/円は153円台をつける場面もみられたが、自公連立の崩壊により高市政権の発足が危ぶまれるなか、わかりやすく円相場は反転上昇。ドル/円は17日に150円ちょうどを割り込んだ。日経平均も一時4万8000円台の高値を付けたものの急反落し、4万6000円台を付ける展開となった。
しかし、ここにきて日本の政局は新たな局面を迎えた。自民党と維新の会の新たな連立政権の樹立だ。両党は20日、連立政権の合意書に署名。21日に行われた衆議院本会議での首相指名選挙では、高市氏が1回目の投票で過半数233票を上回る237票を取得し、参議院でも決選投票を制して第104代内閣総理大臣に選出された。高市政権への期待から、20日の日経平均株価は約1600円上昇、翌21日も続伸し、一時4万9900円台を付けた。円も再び下落し、ドル/円は151円台に乗せる展開となった。
こうした「高市トレード」は、果たして今後も続くのだろうか。本稿では自民、維新の連立政権によるドル/円相場への影響について考えてみたい。
維新は自民党に対し、連立を組むにあたって12の要求を示していた。その中には、1)国会議員定数の1割削減(絶対条件)、2)企業・団体献金の全面禁止、3)食料品の消費税率を2年間ゼロに、4)ガソリンの暫定税率廃止、5)社会保障料の引き下げ、6)教育費無償化の拡大、7)副首都構想の推進などが挙げられていた。特に維新が重視する最初の3点は自民党にとって丸のみするのは困難な項目だが、連立政権の合意書では、議員定数の1割削減は、「今年の臨時国会で議員立法案を提出し成立を目指す」とし、企業・団体献金の全面禁止については、「高市総裁任期中に結論を得る」とした。また、食料品の消費税率については、「法制化について検討を行う」と記すにとどめた。このように、現時点では実現可能性が曖昧な表現にとどまっているものもあるが、両党としても最大限譲歩し、まずは素早い連立政権合意を目指したものと思われる。
維新と高市自民党総裁との政策上の主な共通点は、基本的に積極財政路線であること、また、物価高対策に注力する姿勢であることなどが挙げられよう。一方で、主な相違点としては、財政規律に対する考え方が挙げられる。高市氏は「『責任ある』積極財政」を主張しながらも、経済成長による税収増を主な財源とし、赤字国債の発行も辞さない考えだ。これに対し維新は、「身を切る改革」と「歳出削減」をうたっており、国会議員定数の削減や、特別会計・基金・官民ファンドの整理、医療・介護制度の見直し、高齢者医療負担の見直しなどを掲げ、耳に優しい政策だけでなく「痛みを伴う改革」も掲げている点で高市氏の政策とは大きく異なっている。
金融市場に直接的に影響を与え得る、金融政策や為替政策についてはどうだろう。これらについてはこれまでのところ、維新の吉村代表、藤田共同代表による目立った発言は見られないが、維新の2025年版マニフェスト「維新八策」の個別政策の中では、規制改革の「金融」の項目に、金融政策に関連する記載がある。「経済回復と物価安定のバランスを考慮し、将来世代の負担と過度なインフレを招かない範囲で適正な財政出動・金融政策を行う」「日銀法を改正し、日銀の目的として物価の安定・雇用の最大化・名目経済成長率の持続的な上昇の3点を明記し、おのおのの目標達成について政府との協定締結を義務づけるとともに、役員の解任規定を新設することとする」――などが掲げられている。これらの文面からは、過度なインフレを招かない範囲で緩和的な金融政策を維持する必要があるとの考えであり、加えて日銀の政策に対して、政府が影響力をもつべきである、といった方針であることが読みとれる。その点では、高市氏が利上げに慎重であることに加え、「金融政策の責任を持つのは政府」とし、「日銀は最善の手段を考えて実行する立場」との認識を示していることとは、強弱の差はあれど、さほど相違がないようにも見える。
為替政策については同マニフェストには記載がないが、維新が物価高対策を重視している点から見ても、円安による物価高が家計にとって負担であるという認識はあるものと推察される。ただ、その円安を金融政策や介入などで是正しようというよりは、食料品の消費税ゼロやガソリン税の暫定税率廃止など、所得を増やす形での「物価高対策」を通じて家計への影響を緩和しようという方針のようである。
高市氏がこれまでに掲げた「サナエノミクス」の柱は、1)利上げに慎重(緩和維持路線)、2)責任ある積極財政、3)外交・安全保障・経済面での総合的な国力の強化、の3点だ。まさに「アベノミクス」の3本の矢(大胆な金融政策、機動的な財政政策、成長戦略)の流れを汲んでいる。3については、主に人工知能(AI)や半導体などの先端技術分野への成長投資を通じて、生産性の向上や産業競争力強化を目指す方針で、長期的には日本の潜在成長率を高め、将来円の価値を高める政策といえよう。
一点気掛かりなのは、振り返れば第二次安倍内閣が発足した12年のドル/円は1ドル=85円台、消費者物価指数(CPI)は前年比マイナス0.1%だったことである。本稿執筆時点のドル円は1ドル=150円台、CPIは前年比2.7%で、経済環境が当時とは全く異なる。安倍政権下では、円高・デフレの負のスパイラルをまず断ち切ることを企図していたため、大胆な金融緩和や財政政策が必要だった点は、これらが副作用を生じるほど長期化したことを除けば理解はできる。しかし、足元は円安・インフレが家計の負担になっているのであり、アベノミクスさながら1の緩和維持、2の積極財政を推進すれば、さらなる円安とインフレを招くリスクは高まるだろう。
金融市場参加者の不安をよそに、政局は新たな局面に突き進んでいる。前述の通り自民・維新の連立は合意に至り、21日には首相指名選挙で高市内閣総理大臣が誕生した。ただ、この流れになった以上、あえて前向きな話をすれば、英国で22年9月に起きたトリプル安、いわゆる「トラスショック」が日本で起こる可能性は低下したと言えよう。当時英国の首相だったリズ・トラス氏が、財源の裏付けを欠いた大規模な減税策「ミニ予算」を発表したことが引き金となり、金融市場でポンド安、債券安、株安のトリプル安を引き起こした。「ミニ予算」の中身を見ると、減税や社会保障負担の軽減、エネルギー高騰への補助金支出など、サナエノミクスや維新の政策と似たような施策が並ぶ。しかし上述してきた通り、維新は財源の議論を重視しており、歳出削減もうたっていることから、「経済成長による税収の拡大」頼みの積極財政には一定程度ブレーキとなるのではないか。
また金融政策についても、維新は利上げに断固反対するほど緩和維持を強く望んでいるわけでもなさそうだ。仮に今後、インフレ上振れのリスクが高まれば、日銀の利上げに対しても、是々非々で理解を示すのではないか。また、改革路線の維新が政権に参加したことで、外国人投資家から好感される公算は大きい。新たな船出に期待したいところである。政局で一時荒れ模様となった金融市場も、こうした政策の違いが良いバランスを生めば、今後は落ち着くと見ている。ソニーフィナンシャルグループは、日銀の次回利上げは来年1月、ドル/円の今年末予想値は148円、来年末の予想値は152円に据え置いている。
編集:宗えりか
*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
*尾河眞樹氏は、ソニーフィナンシャルグループの執行役員チーフアナリスト。米系金融機関の為替ディーラーを経て、ソニーの財務部にて為替ヘッジと市場調査に従事。その後シティバンク銀行(現SMBC信託銀行)で個人金融部門の投資調査企画部長として、金融市場の調査・分析を担当。著書に「〈最新版〉本当にわかる為替相場」、「ビジネスパーソンなら知っておきたい仮想通貨の本当のところ」などがある。
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筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。