「岩盤品目」の家賃が上昇加速、インフレ定着の兆し-日銀正常化の支え

東京都区部の家賃が約30年ぶりの速いペースで上昇している。長年にわたり価格変動が乏しく「岩盤品目」と見なされてきた家賃の上昇加速は、インフレが日本経済に広く定着し始めていることを示す兆候の一つとなる。

  総務省が先月発表した5月の東京都区部の消費者物価指数(CPI)によると、家賃は前年同月比1.3%上昇と1994年11月以来の伸びとなった4月の水準を維持。民営家賃も4月、5月ともに1.8%上昇と94年3月以来の高水準だった。物件の維持・修繕費の上昇や借入金利上昇に伴うコストの増加を家賃に転嫁する動きが進んだ。

  日本銀行はトランプ関税で高まる内外経済の不確実性を警戒する一方、経済・物価見通しが実現していけば利上げを継続する方針を維持している。家賃はいったん上昇すると下がりにくい価格粘着性が高いとされ、日銀による金融政策の正常化路線を支える材料の一つとなりそうだ。

  みずほリサーチ&テクノロジーの河田皓史チーフアジア経済エコノミストは、家賃の上昇は「日銀が言うところの物価のノルム(慣行)」の変化を反映していると指摘。「日銀としては基調的な物価が上がってきているという見方をサポートする材料の一つで、金融政策正常化を促す材料ではある」との見方を示した。

  日銀は、不動産市場を注視すべき重要テーマとして、半年に1回の金融システムリポートで取り上げている。日本の資産バブル崩壊後、約20年間にわたり不動産価格と家賃は下落ないしは横ばいで推移してきた。そうした中、日銀は家賃の停滞がインフレ達成の妨げとなっている構造について研究を行ってきた。

  家賃は全国レベルでも上昇傾向にある。総務省の統計では民営家賃は4月、5月共に0.5%上昇となり、98年4月以来の高水準を維持。5月の生鮮食品を除くコアCPIは3.7%上昇と、日銀が目標とする2%を38カ月連続で上回った。帰属家賃を含めた家賃のウエートはCPI全体の2割近くを占め、物価指数に与える影響も大きい。

  野村証券の岡崎康平チーフマーケットエコノミストは、家賃は価格改定が難しい品目であるとし、「国内の岩盤と言える物価が本格的に上がってきているという意味で、基調的な物価は上昇している」と指摘。その上で、「金融政策を考える上でも決して無視できるものではない」と述べた。

  家賃の上昇には、複合的な要因が影響している。その一つは住宅ローン金利の上昇だ。日銀は昨年3月に17年ぶりの利上げに踏み切り、その後2回の利上げで政策金利を0.5%程度に引き上げた。これを受けてみずほフィナンシャルグループや三菱UFJフィナンシャル・グループなど各金融機関は、変動型住宅ローンの基準金利を引き上げている。

変動型ローン

  日銀のデータによると、短期貸出金利の基準となる短期プライムレートは1.875%と、2008年以来の高水準となっている。住宅ローンを借りる人の約8割が変動型を選択しており、金利上昇によりローンを抱えるオーナーが家賃引き上げに動いているとみられている。

  首都圏の不動産価格上昇を背景に住宅ローンの借入額が増えている。日本不動産研究所が25日公表した4月の「不動研住宅価格指数」によると、東京都の既存マンションは前年比12.17%上昇。同研究所が先月発表した「国際不動産価格賃料指数」によると、4月時点のマンション価格変動率(上昇率)では、東京が世界の主要16都市の中でシドニーやニューヨークなどに次いで5位となった。

  原油高や円安の影響で、賃貸物件の共用部分の電気代や設備の維持・修繕費が上昇していることも、家賃を押し上げている要因だ。

  不動産データ・コンサルティング会社の東京カンテイの高橋雅之上席主任研究員は、例えばエアコンが壊れたらそれを交換するのはオーナーの責務だが、交換する機材も人件費も値上がりしていると指摘。そのコスト転嫁を昨今の家賃上昇の要因の一つとして挙げた。

外国人の取得増

  日本では契約期間中の家賃は基本的に据え置かれるが、そうした商慣習になじみのない外国人オーナーの増加も家賃の上昇要因となっている可能性もあるという。三菱UFJ信託銀行の「24年下期デベロッパー調査」によると、都心で供給するマンションの2-4割は外国人が取得しているとの回答が多かった。

  一方、家賃は家計支出に占める割合が大きい。物価が高騰する中での家賃上昇は家計を圧迫し、個人消費の低迷につながる恐れがある。

  明治安田総合研究所の小玉祐一フェローチーフエコノミストは、コメなど食料やエネルギーが落ち着けば物価全体が下がり、実質賃金は安定的にプラスとなることが期待できるとみる。ただ、「家賃が持続的に上がることによって新たな物価の押し上げ材料になれば、可処分所得の圧迫要因になる可能性がある」と述べた。

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