「桐生のバフェット」に買い場到来、グロース市場改革でテンバガーの夢
群馬県桐生市。かつて織物産業で栄え、真夏の最高気温が40度を超えることもある猛烈な暑さでも知られるこの町に近年、資金繰りなどの問題を抱える上場企業の経営者が頻繁に訪れるようになった。地元在住の投資家、須田忠雄氏(79)と会い、出資の確約を取り付けるのが目的だ。
資産家で長期投資を基本とし、経営にあまり口を挟まないことを信条とする須田氏は資金調達に困った企業の駆け込み寺となっている。地方都市に身を置き、企業価値を見極めて投資に取り組む姿勢は「オマハの賢人」と呼ばれ、同氏もお手本とする米著名投資家、ウォーレン・バフェット氏のイメージと重なる。
「だいたい頼まれたのを買っている」。現在は平均月1-2社の訪問を受ける須田氏は、桐生商工会議所内にあるオフィスでこう話した。最重視するのは経営者の資質。面接ではトップが顧客と取引先、自社がすべて満足できる「三方よし」の状態を実現できる人物かどうか、潜在力を見極めるという。
停滞期にあるグロース市場の企業にとって須田氏は得がたい存在だ。機関投資家が入らない小型株では、流動性もつかずに放置されているケースも少なくない。ただ足踏み状態から抜け出せれば、株価が十倍以上になる「テンバガー」もあり得る。小型株には「うまくいけば5倍、10倍当たり前。下手したら20倍、30倍」になる魅力があると話す。
10%のリターン
そのグロース市場の改革に東京証券取引所が乗り出したことで、須田氏のような小型株投資家が大きなリターンを得る確率が高まる可能性がある。東証は4月、グロース市場の上場維持基準を従来の「上場10年経過後から時価総額40億円以上」から「上場5年経過後から時価総額100億円以上」へと変更する方針を示した。
東証の資料によると、3月末時点で同市場に上場する600社余りのうち見直しの影響を受けるのは約200社。うち約3割はスタンダード市場への変更基準に達しておらず、上場廃止のリスクがある。
桐生出身の須田氏は地元の高校を卒業後、東京・蒲田でおでんの屋台を始めた。その後、不動産業界に身を投じ、独立してゴルフ場用地の地上げで富を築いた。自ら起業した「やすらぎ」(現カチタス)では日本では珍しかった中古住宅のリフォーム事業で成功を収め、実業家を引退して以降は投資業に専念している。
須田氏の投資先は、無配企業ばかりでもっぱらキャピタルゲイン狙い。経営者の資質は「長くて1時間ぐらいだけど話しているとある程度分かる」といい、この手法で「95%はだいたい成功」してきたと自負する。2017年から18年にかけて株価が急騰した北の達人コーポレーション株の取引でも一定の利益を出し、これまで平均して年10%程度のリターンがあるという。
上場ゴール
産業革新投資機構(JIC)の久村俊幸最高投資責任者(CIO)はインタビューで、規模の小さい新規株式公開(IPO)の場合、上場で得た資金が枯渇した後、市場から調達できないままくすぶっている企業が多いと指摘する。JICはスタートアップなど新興企業向けのファンド運営も手掛ける。
独立系株式調査会社、雨宮総研の雨宮京子社長によると、株価低迷の背景には、創業者が上場益を手にして経営に熱意をなくす「上場ゴール」と呼ばれる問題を含めさまざまな要因がある。基準の変更で企業側が業績をよくすることに取り組むと考えられ、「投資妙味がある」と指摘。須田氏のような投資家にとっては追い風となるとの見方を示した。
とはいえ投資対象の企業の株価が低迷を続ければ、上場廃止となるリスクもあり、銘柄選別が重要になる。
グロース市場の一部企業の株価はすでに高騰している。須田氏の投資先であるジェリービーンズグループ(旧社名アマガサ)もその一社だ。昨年から段階的に資金を投じ、発行済み株式総数の6割超を保有する筆頭株主となっている。
長年婦人靴を扱う同社は業績不振が続き、昨年経営体制を刷新。今年4月に持ち株会社体制への移行を決め、事業を多角化させて靴以外の分野でも成長を目指す。22日には人気格闘技イベント「RIZIN」運営会社との協業も発表。コラボ商品やファンとの交流イベントなどを展開していくという。
規模が小さい会社では経営環境の変化の影響が大きいため、須田氏は「どういう場面においても対処して伸びていける柔軟性」が重要とし、宮崎明社長にその資質があるとみて投資を決めたという。
4月に年初来安値の87円を付けたジェリービーンズの株価はその後、大幅な上昇基調に。足元では3倍前後の水準で推移している。時価総額で40億円を大幅に割り込むレベルから、最近は100億円を上回る局面も多く、短期間で新基準のクリアも視野に入った。
M&Aに期待
グロース市場の新基準について須田氏も認識しているが、それによる値上がりは期待しておらず「取引先とか会社、客がよくなれば必然的に100億円、200億円はそんなに気にしなくてもいく」との考えを持っているという。
行き詰まっている企業は合併・買収(M&A)を繰り返して再編していくことも手だとし、その際に必要ならば新たに資金を投入したいとも述べた。株式公開買い付け(TOB)が相次ぐことになれば、それも投資家にとっては好材料になる。
グロース市場では「直感としては1割はある」という高成長の可能性を秘めた銘柄を探すという須田氏。株価の上昇もまだまだこれからとみているといい、「これからでしょう、上がるのは。上がりますよ。面白いほど」。