GR GT「公道を走るレーシングカー」技術解説 パッケージ&トランスアクスル編
見てのとおり、GR GTはロー&ワイドなプロポーションをしている。全長×全幅×全高は4820×2000×1195mm、ホイールベースは2725mmだ。目を引くのは1195mmの極端に低い全高である。
「1200mmを切りたいという思いはありました」と、開発に携わる技術者のひとりは話す。ただし、1200mmを切ることが目的だったわけではない。GT3との共用が前提だし、GTもオーナーがサーキットに持ち込むことを想定しているので、ヘルメットを被った状態できちんとしたドライビングポジションがとれるパッケージが前提。視界の確保も重要で、「ミリミリ細かく詰めた」結果として1195mmの低全高が実現した。
GR GTのパッケージング図。まるでフォーミュラカーのような着座位置だ。パッケージング図を見ると、ドライバーのヒップポイントよりもかかとの位置のほうがわずかに高いように見える。まるでフォーミュラカーのようなパッケージングで、低全高の車室内にヘルメットを被ったドライバーをうまく収めるためだろう。欧米にも展開するモデルなのでそうと信じたいが、AM95の体型(身長183cm、座高94cm)までカバーしてくれているだろうか……。
再びパッケージング図を見ると、エンジンがフロントに搭載されているのがわかる。それも、かなり後ろだ。完全に前車軸より後方にエンジンがある。GR GTのために専用に開発したエンジンは排気量4.0LのV8で、2基のターボチャージャーにより過給している。ドライバーの尻の下には排気管が通っているが、下半身の向こうに黒い(CFRP製)トルクチューブが見えており、内部にCFRP製のプロペラシャフトが通っている。
フロントミッドに積むV8エンジンから駆動力はトルクチューブでトランスアクスルへミッドシップでなくFRレイアウトを選んだ理由
GR GTのパワートレーンの配置図つまり、GR GTはフロントエンジン、リヤドライブ。すなわちFRだ。レーシングカーと共用するスーパースポーツカーを新規に開発するなら、車両運動性能上有利だとされるミッドシップレイアウトを選択する手もあったはずだ。だがGRはMRの駆動方式を選択せず、FRを選択した。
「量産とGT3の両方を考えたときに、いろんなドライバーにとっての扱いやすさという観点がひとつ。もうひとつは、トヨタが培ってきたFRの火を残す役割がある。走りの観点と思いの観点でFRを選択しました。パワーがどんどん上がっているなかで、駆動力をしっかり伝えることが大事なポイントになります」
まず、FRの火を残す思いについて。GR GTとGR GT3はトヨタ2000GT(1967年)、レクサスLFA(2010年)に続くフラッグシップの位置付けであり、「トヨタの式年遷宮」として「クルマづくりの秘伝のタレ」を次代に伝承することも開発の狙いのひとつとされた。伊勢神宮に代表される式年遷宮は20年に一度、社殿などを新調し、神様を新しい社殿に遷す神事だ。定期的に社殿を造営することにより、社殿づくりの技術と神事の伝統が次世代に受け継がれる。トヨタのフラッグシップスポーツカーづくりの技能を伝承する意味が、GR GTとGR GT3にはある。だから、FRでなければならないのだ。
走りの観点では、プロフェッショナルだけでなく、ジェントルマンドライバー、あるいはサンデードライバーが乗っても扱えるようにと考えると、やはりFRになるだろう。性能を突き詰めるならMRのほうがいいかもしれないが、一般論として、FRよりもMRのほうが限界を超えたときによりシビアなコントロールが求められる。間口の広さの点でFRを選択したと考えるのが妥当だ。
前後重量配分は45:55と発表されている。フロントに重量物のエンジンを搭載しているのに、リヤ寄りの重量配分だ。これが実現できた理由のひとつは前述のように、エンジンを前車軸より後方に搭載していること。すなわちフロントミッドシップだ。さらに、トランスミッションをエンジンから切り離し、リヤデフと一体化したトランスアクスルとした。これがリヤ寄りの重量配分に大きく貢献している。
トランスアクスル:プラネタリーギヤを使った8速AT
左が車両前方、右が後方。 トランスアクスルをリヤ側から見る。エンジンからのトルクは一旦最後部まで言ってから折り返してデファレンシャルへ送られ左右に分配される。 トランスアクスルのデファレンシャルの部分 GR GTのトランスアクスル 湿式多板クラッチのアップ。スターティングデバイスはトルクコンバーターではない。1モーターハイブリッドだが、EV走行はしない。トランスアクスルは8速ATに1モーターを組み合わせた構成。パッケージング図を見ると、トランスアクスルの上にPCU(パワーコントロールユニット)、その上にバッテリーが載っているのがわかる。タイヤはフロントが265サイズなのに対し、リヤは325サイズ。接地面積を確保したうえで垂直荷重を大きくし(加速時は荷重移動によってより大きな荷重が掛かる)、大きなパワーをしっかり路面に伝える考えだ。システム最高出力は650ps以上、システム最大トルクは850Nm以上と発表されている。
リヤタイヤは325/30R20 フロントタイヤは265/35R20発表会場に展示されていたトランスアクスルのカットモデルを確認したところ、北米4ランナーやレクサスTX500hが搭載するアイシン製1モーターハイブリッドトランスミッション、R8L65hをベースにしているように見えた。R8L65hは発進デバイスにトルクコンバーターを用いているが、GR GTはトルコンではなく湿式多板クラッチを選択。これをモーターの内周部に、モーターの断接クラッチと並べて収めている。もともとトルコンがあった場所は空洞になっており、ここをドライブシャフトが貫通している。
アイシン製1モーターハイブリッドトランスミッション、R8L65hプラネタリーギヤセットを用いたステップATを採用したのもやはり、日常の使い勝手とサーキットでの戦闘力のある走りの両立を狙ったからだ。開発にあたっては「変速スピードとキレ」にこだわったという。スポーツカーとATの組み合わせは、GRヤリスとGRカローラが搭載するGR-DAT(横置き8速AT)に前例がある。この変速機を開発した際の知見は当然活きているという。
モーターは主に変速スピードとキレ、ターボの応答遅れ解消のために使う。EV走行はしない設定だ。R8L65hのモーターは最高出力45kW、最大トルク290Nmを発生するが、GR GTのモーターにはどのようなスペックが与えられているのだろうか。エンジンとトランスミッションのサポート役に徹するなら、そう大きな出力/トルクは必要としないだろう。新開発のV8ツインターボの解説編はこちら