ドラマ『しあわせな結婚』第3話“最後の言葉”はなぜ出てしまったのか。あまりに人間的だったあの瞬間
<ドラマ『しあわせな結婚』第3話レビュー 文:木俣冬>
【映像】松たか子、カラオケ熱唱!浴衣姿で歌う『夢見る少女じゃいられない』に大盛り上がり
第3話も見どころ満載だった。ネルラ(松たか子)の罪に関するパートと、歌うま鈴木家の家族旅行、ネルラと幸太郎(阿部サダヲ)のウェディング撮影。どこを主にしてレビューを書くかとても迷う。
まずはあえて家族旅行をピックアップしてみる。
ネルラの再捜査がはじまったという深刻な悩みを抱えていても、家族旅行に行く鈴木家。
7月はネルラ(松たか子)の亡き母と弟・五守の命日(もうひとつの位牌は弟のものだった。五守<ゴシュ>という名前は宮沢賢治の『セロ弾きのゴーシュ』から)。毎年、家族で舞鶴に行っている。
温泉三昧、サザエ三昧のなか、幸太郎は岡山出身で、実家は洋品店をやっていたことを明かす。その後、寛(段田安則)は幸太郎とふたりきりの時間を作り、ネルラの過去を語る。
10代の頃のネルラは太っていたが、宝塚にあこがれたことをきっかけにダイエットしてスラリとなったというような話や「(絵画の修復を仕事にして)絵画を再生することで自分も再生した」(by幸太郎)話などから、寛が娘をとても愛しているのがわかる。幸太郎やネルラの思い出を家族で共有することで、家族としての関係性が徐々に深まっていくようだ。
寛は幸太郎を信頼しはじめていて、ネルラの笑顔を守ってほしいと語りながら泣きそうになったところを、幸太郎が先に涙ぐんでしまう。シリアスな場面でどっちが先に泣くかの合戦はおもしろい。
その夜のメインイベントはカラオケ大会。鈴木家はみな芸達者だった。ここは芸能人歌うま選手権のよう。松たか子の『夢見る少女じゃいられない』がものすごくうまい。ヒット曲の持ち主だけあって声量もリズムもさすがの安定感。うますぎてずっと聞いていたくなるからか、ここはかなり長く尺を使っている。
曲を聞いて踊っている段田安則のノリがいい。岡部たかしの『君だけに』も驚くほどうまかった。声の伸びがいい。こういうお祭り男みたいなキャラ、いるなあという感じ。
バンドのボーカルでもある阿部サダヲは『春よ、来い』を寸止めされる。でも『君だけに』の「愛しているんだ♪」のパートをネルラに向かって歌うのを任される。そこでは家族があたたかい空気で包んでいるように見える。
亡くなった弟は五守だが、ここでは4人がネルラを守っているように見える。しみじみ聞いているレオ(板垣李光人)の表情もいい。第2話のオムライスに続いて、このしあわせがいつまでも続くといいのにと思うようなシーンだった。
翌日は早朝から海釣り。釣ったばかりの鰯をその場で捌いて食べ、朝8時の新幹線で帰京。段田安則のさばき方は手前に荷物で隠れているが、見えている部分の動きが的確で、手際よく見える。ある言葉を発したときに包丁に力を入れる、そのタイミングが絶妙だ。
こうして幸太郎が鈴木家の一員にようやくなれたかと思ったところで、ウェディングフォト撮影がにぎにぎしく行われる。
ネルラと幸太郎は結婚式もしないし、指輪も用意していなかった。だが、レオの発案で、彼のデザインしたウェディングドレスを着て、有名な写真家トニー・リー(今井隆文)に写真を撮ってもらうことにした。ここでも松たか子と阿部サダヲの芝居のうまさが光る。
トニー・リーに言われてジャンプするふたり。本気でジャンプ、ジャンプ、ジャンプ。最初、ネルラがすごく戸惑っていて、でも生来の生真面目さによって最後は覚悟して真剣に臨む表情の流れを作り出す松の芝居の解像度が高く、阿部は空中で様々なポーズを瞬時にする。ここもいつまでも見ていたいシーンだった。
素敵な写真が撮れた。だが、ストロボの光がネルラの忘れていた過去をフラッシュバックさせる。
あの日、布施(玉置玲央)が階段から転落した日、アトリエにもうひとりいた記憶が薄ぼんやりと再生されていく。舞鶴の海岸でも、ガラスの浮き球に反射した陽光がネルラに何らかの影響を与えているようだった。
もし、もうひとりの誰かが犯人だとしたら、ネルラと幸太郎はしあわせでいられて、ドラマは終わってしまう。それでは困る。なにしろまだ第3話だ。ここから脚本・大石静はどんな展開を考えているのだろうか。
さて、ここからはネルラと幸太郎の関係性について見ていこう。
写真撮影以後、ネルラは口数が少なくなり、笑顔も減ってしまった。ある晩、夕食を食べながら、幸太郎は「この大根おろし辛いな」とつぶやく。でもネルラは何も答えない。ピリピリ辛い大根のようになってしまった夫婦の関係。寝室の電気がまぶしくて、ネルラは幸太郎に蘇ったらしい記憶の話を語りだす。
「もうひとり誰かいたの?」 「もう一回聞くよ。事件の現場には布施とネルラ以外の第三者がいたんだね」
などと淡々と聞く幸太郎。第2話もそうだったが、幸太郎の質問力は法律のプロフェッショナルだと感じるものだ。ネルラのことが気になって冷静でいられないだろうけれど、抑制した調子で質問を繰り出していく。でもその淡々さがネルラにはきつい。「尋問しないで」「警察みたい」と怯える。
ネルラ「検事と被疑者みたいなのはいや」 幸太郎「検事と被疑者じゃない。俺たちは夫と妻だ」
そう言いながらも幸太郎はつい、「依頼者に信用されてない弁護士ほどみじめなものはないんだよ」と言ってしまう。検事じゃないけど弁護士。幸太郎は間違いは正したい性分なのだろう。
「弁護士なの?」とネルラに哀しい瞳を向けられ言葉に詰まったところに、オアシスの主題歌『Don’t Look Back in Anger』がかかり、胸がきゅううっと締めつけられる。
「もう無理だ」と家を出ていく幸太郎。判断早くない?と思うがスタスタ行ってしまう幸太郎。エレベーターに乗る前にネルラが追いかけてくることを期待して、でも追いかけてくる様子はなくてしょんぼりとなる。
第3話の冒頭ではネルラから、公益を守る仕事にもかかわらず、それを犯すことになったらどうするのかと心配されても、愛する妻を守る気持ちを曲げなかった幸太郎。だが、やっぱり職業柄真実を詳らかにしたい。
「法をおかしたものが誰なのか、それを冷静に突き止めるのが正義であり、警察の仕事でしょう」と情報番組では一般論を熱く語っていた幸太郎。ネルラの事件に関しても「この事件に蓋をするなと神が言ってる。神。神ってなんだ? 俺の心か」と悩む。
法律家としての信念や正義感と、愛する妻を持った夫としての信念や正義感が、幸太郎のなかでぶつかり合う。その結果、法律家としての自分が優位に立った瞬間――それが「依頼者に信用されてない弁護士ほどみじめなものはないんだよ」だった。
ただ、ここで幸太郎が完全に法律家としての正義を選択したかといえば、そうではないだろう。つい習慣で言ってしまっただけなのだろう。あまりに人間的な瞬間。喧嘩というのはそういうものだ。大事なのは失言をどうリカバリーするかである。幸太郎とネルラの愛は修復できるだろうか。
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※番組情報:『しあわせな結婚』 毎週木曜よる9:00~、テレビ朝日系24局