「日本史で自身が天皇より上と考えた英雄は…」細川護熙元首相が見た、高市政治の“深刻な危うさ”(文春オンライン)
五摂家筆頭・近衛家の血を引く元首相・細川護熙氏は、高市政権に対して深刻な危機感を抱いていることを明かす。皇室への態度や副首都構想について、細川氏が自身の見解を語った。 【画像】昭和100年記念式典での高市氏 ◆◆◆
私から見ると、高市氏の皇室に対する態度は信じがたいものだ。 4月に行われた政府主催の昭和100年記念式典では、天皇皇后両陛下のご入場にあたり、先導役を務めたのは、木原稔官房長官であった。式典で陛下がおことばを述べられる機会もなかった。 総理の経験者として言うが、式典での天皇皇后両陛下の先導役を誰にするかを、総理の判断を仰がずに事務方が決めることはない。「明治100年記念式典の時は、佐藤栄作総理がお務めになりました」ということも必ず伝える。ということは、昭和100年記念式典の両陛下の先導役を官房長官にしたのは、高市氏ということである。 記念式典はまるで昭和の音楽祭とも言われたが、高市氏がガッツポーズや合いの手を入れるなどノリノリな様子だったのは周知の通りだ。恐らく天皇陛下の前で、高市氏は今この場での最高権力者は自分だと思っていたのではないか。それは危険なことである。日本史を読み解けば、自分は天皇より上だと考えた英雄は幸せな末路を辿っていない。権力者には常に自分を謙虚にしてくれる上位者が必要だ。ヨーロッパの王たちには、それはキリスト教の神であった。高市氏の振舞には、単にマナーとか品位を超える大きな問題が潜んでいるように思われる。 報道によると、皇室典範の改正の強行は、高市内閣の支持率を大きくそぎ落とすことになった。今国会最終盤の副首都法案をめぐる強引な国会運営も、追い打ちをかけるように更なる低下をもたらすのではないか。
副首都法案に関する疑問のひとつは、大規模災害に備えての副首都の整備に関する法案がどうして与党提出で、政府提出でないのかということである。本来この法律に中心的に関わりそうな府省だけでも、内閣府、国土交通省、総務省があり、部分的に関わりそうな役所なら10以上になる。逆に言えばそれだけの府省が協力しなければ、基本法レベルの法律でも策定は困難である。 今回の法案は、維新が2023年に初めて提出した「副首都機能整備推進法案」を、自民党が加わって強化拡充したものである。デジタル行政基盤の整備などの追加修正を理由にチームみらいが賛成に転じたのを除いて、総ての野党が強く反対したこの中身のない大阪ありきの「スカスカの法案」そのものは無論問題だが、より問題なのは、メディアから漏れ聞こえてくる、野党が採決に応じなければ更に強硬策を採ればいいというような高市氏の強引な采配ぶりである。 なぜそれが問題かと言えば、そうやって強引に成立させても、その結果国民は何が得られるのか、極めておぼつかないからである。私の内閣の政治改革では、最終的には自民党とのトップ会談で法案が成立したが、途中では自民党の余りの抵抗ぶりに、私もそれなりの強硬策を模索した。しかしそれは国民が厳しく批判する腐敗政治の温床で、自民党を含め30年間政治が実現を試みてきた選挙制度改革を是が非でも仕上げなければならないと思ったからだ。しかし高市氏の場合は、維新の恩義へのお返しでしかない。そういうことのためにも多数派の力は使えると考えるのが、高市政治の特徴なのだろう。 副首都法案は結局ぎりぎりで成立し、維新だけは大きなものを手にしたが、奔走させられた自民党執行部や参議院自民党執行部をはじめ、政権内は消耗が激しいようだ。国会は閉会になったが、与野党間の相互不信と対立は残った。 ※本記事の全文(約9000字)は、月刊「文藝春秋」9月号と、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」に掲載されています(細川護熙「 緊急提言 皇室典範『だまし討ち』改正は許されない 高市総理よ、日本を壊すな 」)。 全文では、下記の内容をお読みいただけます。 ・天皇制が現代国家と共生するために ・目標が明確だった以前の自民党リーダー
細川 護熙/文藝春秋 2026年9月号