ロシアに流れる日本のグランドピアノ、対ロ制裁の難しさ浮き彫りに

米国主導の対ロシア輸出規制は主に兵器部品や先端半導体を標的にしているが、一見脅威を感じさせない製品にこそロシア経済に圧力をかけることの難しさが表れている。それは日本のグランドピアノだ。

  2022年2月にロシアがウクライナに全面的な軍事侵攻を始めてから数カ月後、多くの米国の同盟国に歩調を合わせて日本もロシア向けのぜいたく品の輸出を禁止した。禁輸品目にはグランドピアノ(20万円超)が含まれている。

  禁輸措置の発令以降、日本からロシアへのピアノ輸出は急減していることが統計で示されている。だが、国際連合のデータによれば、経済の悪化で消費が落ち込んでいた中国へのグランドピアノの輸出が23年に前年比300%増加。さらに中国からロシアへの輸出は830台と、22年の155台から急増していた。同データにはピアノの原産国別の内訳は示されていない。

  これらの数字は、禁輸品目がロシアの貿易相手国を経由して間接的にロシアに流入している新たな事例だ。それ自体が制裁違反を証明するものではないとしても、制裁の有効性について疑念を生じさせる。

  日本の当局者は制裁執行の難しさを認めるとともに、実際の適用方法について意識を高める必要性を認識している。

  経済産業省貿易安全保障局で貿易管理を担当する依田圭司課長補佐は、米国では積極的に「人を投入しながら、とりあえず走らせ、次々捕まえていくやり方」だと説明。その上で、取り締まりを強化して捕まえることも重要だが人的資源が問題になる可能性もあるとし、「まずはきっちり広く事業者に制度を理解してもらうことが先決だ」との考えを示した。

  石破茂首相とトランプ米大統領が7日にワシントンで初会談を行うと報じられる中、対ロシア制裁が議題に上る可能性がある。トランプ大統領は、ウクライナでの戦争終結を巡ってプーチン大統領と協議する意向を示す一方、他の国々と連携して対ロ制裁を強化する構えを見せている。

  プーチン大統領は、余暇にピアノを演奏することで知られている。17年に中国を訪問した際には、中国の習近平国家主席との会談の前にピアノの腕前を披露したこともある。

  中国のピアノ販売業者は現在、日本のメーカーの仲介役として活況を呈している。そのうちの1人はロシアの需要は常に非常に高いと電話インタビューで語った。身元が明らかになるリスクを避けるため匿名を条件に話した同氏は、過去8年間にわたりロシアの顧客に日本製のグランドピアノを販売してきたという。

  ウクライナ侵攻前、ロシア向けのピアノ輸出は日本とドイツが上位を占めていた。ヤマハ河合楽器製作所など日本メーカーのピアノは人気が高く、河合楽器のクリスタルグランドピアノ「Kawai CR40」もその一つ。価格は20万ドル(約3100万円)を超える。

  ロシアの富裕層は、間接的ながらも依然として日本製の高級グランドピアノを手に入れている。モスクワやサンクトペテルブルクなどの都市では、販売業者がヤマハや河合楽器のグランドピアノの在庫があることを引き続き宣伝している。河合楽器のロシア向けウェブサイトには、1月中旬時点でディーラー経由で販売される高級グランドピアノが複数掲載されていた。

  河合楽器の広報担当者は、禁輸措置の発動後、同社は対象となったグランドピアノのロシア向け輸出を停止し、同国内での製品販売も控えていると説明。高級グランドピアノが第三国を経由してロシアに出荷されるリスクに関する質問には回答を控えた。

  ヤマハの広報担当者は、22年3月から全てのヤマハグループ企業からロシアへの製品輸出を自粛しており、中国の現地法人も対象に含まれると述べた。

  日本は、他の主要7カ国(G7)諸国がロシアに課した制裁措置の多くに同調した。ただ、英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)が公表した新たな報告書では、日本が制裁執行で苦戦していることや、規制・監督の不十分さ、制裁回避リスクに対する認識の甘さが指摘されている。

  日本の政府当局者や学者、企業の担当者との会合後に、同報告書の執筆者は、参加者が「制裁措置順守の複雑さや影響について、非金融業を中心に日本企業の間で認識が乏しい」と記した。

      他のG7諸国はロシアからのエネルギー輸入をほぼ完全に停止しているが、日本はエネルギー安全保障の観点から輸入を止めていない。日本の昨年の液化天然ガス輸入のうち、約8%がロシア極東の石油・天然ガス開発プロジェクト「サハリン2」から出荷された。

  第二次世界大戦後、日本は北方領土の帰属問題を解決してロシアと平和条約を締結するという基本方針に基づき、何十年にもわたって交渉を重ねてきた。日ロ関係の専門であるテンプル大学のジェームズ・ブラウン教授によれば、ロシアとの関係を維持したいという本能が日本の官僚組織に根強く残っている。

  日本は核兵器開発や日本人拉致問題への対応として北朝鮮に貿易・渡航・金融制裁を課したが、これ以外に外交政策の手段として制裁を用いた経験は比較的乏しい。

  ブラウン氏は、今回の「非常に広範な制裁プログラムを打ち出したのは22年になってから」のことであり、「実際にそれを支える官僚メカニズムがないとしても私は全く驚かない」と語った。

原題:Smuggled Grand Pianos Show Trump’s Challenge in Pressuring Putin(抜粋)

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