広島の3軍は…試合せず育てる 注目野村コーチ“魔改造”「鯉の穴」の実態に迫る

17日、キャッチボールを見つめる広島野村3軍投手コーチ兼アナリスト(左)

広島にも「3軍」がある。ただ、巨人やソフトバンク、西武のように試合を行う規模の組織ではない。ケガからのリハビリ組のために設けられ、基礎体力強化に取り組む高卒新人らが参加。近年はフォーム矯正に取り組む投手たちも加わった。小規模ではあるものの、チームづくりの主幹を「育成」とする広島にとっては欠かせない「3軍」。“虎の穴”ならぬ“鯉の穴”の実態に迫った。【取材・構成=前原淳】

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★ターニングポイントに感謝

2軍本隊がいない、広島・廿日市市内にある大野練習場は静かだ。潮風を肌で感じる敷地内に入ると、屋内練習場やトレーニングルームには数人で対話しながら体を動かす人影が見える。そこにいるのは、勝つか負けるか、打ったか抑えるかという勝負が続く日々から離れ、自分自身と向き合う選手たちだ。

広島の3軍はもともと、ケガからの復帰を目指すリハビリ組のためのものだった。そこから筋力強化や体力強化など基礎強化を行う高卒1年目の投手を中心とした若手も加わった。2010年代には中崎や戸田など高卒入団投手を早期に1軍へ送り出した実績もある。近年は伸び悩む投手が一定期間“こもる”場所にもなっている。

今季は特に新任の野村3軍投手コーチ兼アナリストの“魔改造”が注目された。育成3年目・辻の球速が2週間の3軍期間をへて約10キロアップ。ストライク率も大きく上がり、7月28日に支配下選手登録された。1軍でもここまで15試合、防御率1・20と好成績が光る。野村コーチは「期間が短いので、できることは個人差がある。辻の場合は基礎的なことだけ。軸足の使い方しか教えていない」と振り返る。正しい体の使いと意識の変化が急成長につながった。辻は「自分で考える時間をつくらないといけないし、すごく大事だったと思う」とターニングポイントに感謝する。

★情報共有して「三位一体」

3軍コーチはそれぞれが役割分担しながら情報を共有している。ケガからのリハビリ組を畝コーチ、高卒1年目の投手や育成選手の投手の基礎強化を小林コーチが担当する。迎3軍野手総合コーチ兼アナリストはケガから復帰を目指す野手の練習サポートに加え、遠征に同行しない野手の技術改善を担う。

3軍の特徴として、コーチだけでなく、トレーナーやアナリストが連携しながら三位一体で選手の育成に取り組む点にある。リハビリ組はトレーナーが提案したメニューに沿って、コーチ陣が練習の強度や回数を上げながら復帰時期を探っていく。フォーム矯正も野村コーチと選手に加え専属アナリストを交えて、選手の考えを聞きながら方向性を探る。

★見よう見まねで意識変え

高卒1年目を中心とした基礎体力強化組は体力だけでなく、体の理解度も低い。ただ走らせ、ただ鍛えるではなく、体幹から股関節や肩甲骨といった細部にわたるまでの動きを指導する必要がある。最初はトレーニング1つにしてもどう動かしていいのか分からない選手も少なくない。当初は見よう見まねでも、理解度が上がれば意識も変わる。宇良田トレーナーは「最初は何をやっていいのか分からなかったのかもしれませんけど、今はセルフトレーニングを個別でやっている姿も見ます。基礎がしっかりできることで、発展していくと思うんです」と選手たちの変化を感じ取っている。身長2メートルのルーキー菊地は、高校時代は最速149キロだった球速が150キロを超えるようになり、23日巨人戦で1軍デビューも果たした。

チームは2年続けてクライマックスシリーズ進出を逃したが、「3軍」では新たな戦力となり得る芽が出てきている。今季中も外部補強はなく、自前で戦力を育てることがチームづくりの根幹となる広島にとって、試合をしない「3軍」は重要な育成部門なのだ。

◆3軍制 巨人が90年に球界で初めて3軍を設け、3軍監督に木戸美摸氏が就任。選手育成や故障者のリハビリを目的に2年続けた。西武は92年だけ広野功3軍監督が就任している。育成ドラフトが始まった05年以降、3軍の呼称を使わなくても2軍の一部を実質3軍として活動するチームが増えてきた。今季、3軍の呼称を使うのは広島を含め巨人、西武、ソフトバンクの4球団。広島以外の3球団はいずれも実戦を中心とし、巨人(駒田監督)ソフトバンク(斉藤監督)には3軍監督のポストがある。定期的な試合を行う3球団は所属選手も多く、支配下選手登録枠に含まれない育成選手はソフトバンクが12球団最多51人。巨人37人、西武23人と上位を占める。一方、広島の育成選手は9人で、12球団で3番目に少ない。

■裏付けと数と語りかけ 編集後記

結果が出る1、2軍とは違い、3軍に明確な答えはない。だからこそ、伝え方も難しい。迎コーチは今年からアナリストを兼任するようになり、選手への伝え方の幅が広がったという。「今の選手たちはデータや数値を知りたがる。感覚や見た目だけでないアプローチが増えました」。情報があふれる時代。明確な裏付けが求められる。データばかりに偏ることが必ずしも正しいわけではない。「今まで大事だと思ったこともあるので数はやらせます」。選手が納得して取り組める方法を探っている。

復帰への歩みが一進一退のリハビリ組にとって、気持ちにも浮き沈みはある。悔恨や焦燥の念は定期的に襲ってくる。「ケガの種類にもよりますが、ケガをしてしまったことは自分のパフォーマンスが出せない状態にあったと捉えてもらいたい。さらにいいパフォーマンスを出すために必要な期間だと」。いつも選手に寄り添う矢部トレーナーは担当選手に語りかけるように言う。今までが間違っていたかどうかではなく、これからの正解を見つけていけばいい。1人ではない。コーチ、トレーナー、アナリストがいる。「3軍」は多角的な視点で答えを探していく場所なのだ。【広島担当=前原淳】

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