【スターダム】上谷沙弥インタ 横アリや東京Dへの思い…ファン暴言やOZAWAについても語る
女子プロレスのスターダムは4月26日に神奈川・横浜アリーナで「ALL STAR GRAND QUEENDOM 2026」を開催する。昨年4月の横浜アリーナ大会で中野たむとの敗者引退マッチに勝利したワールド・オブ・スターダム王者の上谷沙弥(29)は、今年はたむの“愛弟子”玖麗さやか(25)を相手に防衛戦を行う。玖麗はこの試合に、所属するユニットCOSMIC ANGELSをかけるとも話している。決戦を前に上谷は何を思うのか。話を聞いた。(聞き手=千葉修宏)
◇ ◇ ◇
-4・26横浜アリーナで玖麗さやか選手の挑戦を受けることが決定しました。玖麗選手は昨年もシンデレラ・トーナメント優勝者の権利で1度上谷選手に挑戦しています
「(今回)最初に挑戦したいって言われた時、ずっと私は拒否し続けていた。それはやっぱり赤いベルトを挑戦するにあたって強さだったり試合内容だったり存在感だったりっていうものが挑戦者として基準に満たないと思ったから」
-そこから受ける気になったきっかけは
「(今年の)シンデレラ(トーナメント)の準々決勝で吏南と玖麗が戦ってるのを私は間近で見てたんだけど、試合の成長だったり、心に響くものがあったから、私はそこで宿題を出した。(現時点で自分と玖麗が戦うのは)全然フェアではないので、(自分が)赤いベルトをかける代わりに何をお前はかけるんだってね。最終的に(3月15日の)横浜武道館で(ユニットの)コズエンをかけると玖麗は言った。自分的には去年、中野たむから全てを奪うって言って唯一奪い残したものがCOSMIC ANGELSだったから、全てを奪いたいと思って承諾したよ」
-コズエンをかけるというのは、上谷選手が勝ったらコズエン消滅という認識でいいでしょうか
「そうだね、消滅させるよ」
-コズエンを消滅させた後に上谷選手がスターダムでやっていきたいことって何ですか
「やっぱり東京ドームをずっと目標に掲げて公言しているので、そこにめがけて赤いベルトのチャンピオンとして歩み続けたいなって思うかな」
-東京ドーム興行を公言されているからには、次の横浜アリーナでそれにつながるような成功を収めないといけないと思います
「ドームにつなげるためにはこの横浜アリーナは1万人は最低でも入れなきゃ現実的じゃないと思う。1万人目標で行きたいとは思ってる」
-手応えはどうですか
「1万人? いけるかな? これ1万人入らなかったらやばいよな…でも、もう言うしかないって思ってるから。去年1年間(目標を)口に出して全部、夢がかなってきた。無謀だって思ってる人も中にはいると思うけど、誰も言わないなら私が言うしかないし、言わないと始まらないから言い続けるよ」
-もともとスターダムは人気があったとはいえ、上谷選手の闇落ち後にさらに人気が上がっていったと思います。ご自身のヒールターンについて今、振り返るとどう思いますか
「迷いはなかったけど不安っていうのは少なからずあって。でも今となって振り返るとヒールターンしてよかったなって思う。自分自身もすごく成長できたし、プロレス界をひっかき回して今のプロレスを本当に世間の人に見てもらえている自信があるので。そこは本当に良かったなって心から思ってるよ」
-ヒールになって変わったことはありますか
「思ったことを自由に言えるようになった。ベビーの時は、嫌なこと、何か思ったことあっても発言できなかったりしたから」
-玖麗選手との防衛戦を控え、2月7日のスターライト・キッド選手との防衛戦の時に脱臼した右手の中指はもう大丈夫ですか
「リハビリしながらっていう感じでやってきて、もう大丈夫」
-リングドクターに診てもらい、テーピングを巻いて試合を続行しましたが、どういう心境でしたか
「脱臼した瞬間は…以前、5スターGPの開幕戦で肘の脱臼をしたことがあって、その時のことをやっぱり思い出して。その時はレフェリーストップだったので、やばいって思ったんだけど。でもやっぱり赤いベルトを去年1年間、本当に人生をかけて守ってきて。レフェリーストップという形で終わらすわけにはいかないという気持ちが一番にきたので。その瞬間、レフェリーに絶対に止めるなっていうのを伝えて。ああいう形になった」
-なかなかあの状況で試合続行はできないと思います
「自分はメンタルが弱い方だと思ってたけど、母に『沙弥、いつもメンタル弱いって言うけど、メンタル強いんじゃない』って言われて。確かにメンタル強いのかなって思ったと(笑い)」
-メンタルと言えば、ベビー時代の24年6月にイベントで事件もありました。常連ファンの方に心無い言葉を浴びせられ、傷ついた上谷選手が「泣きそう…」と話すと、その方から「今日は泣かせに来たんだ」と言われました
「当時はすごく悲しかったし、めっちゃ落ち込んだし、応援してくれていた方だったので、すごく悲しかった。でも今はだいぶメンタルが強くなったし、今の自分だったらもっと強気なこと、『うるせえよ』みたいなことが言えるなって思う(笑い)」
-そういうさまざまなことを乗り越えて今に至るまでのことを記した自伝本「アイドルで落ちこぼれだった私がプロレス界のセンターに立った話」(KADOKAWA)も出版され、発売1カ月で重版決定&累計発行部数1万部突破と好調ですね
「あれは幼少期から今に至るまでアイドル目指してた時だったりとかプロレスに出会った頃、ベビーからヒールになって今に至るまで全てつづってるんだけど、(自伝本を)ライターさんが書く人もいると思うけど、私は自分の内面とか心の底にある思いを全て素直につづりたいって思ったから自分の手で書いた。愛のこもった作品になっているよ。よくファンの人からコメントとか感想で『沙弥様が読んでるように聞こえる』とか『沙弥様の言葉や口調だからスッと入ってくる』と言われるからそこは自分の中で結構ポイントかな」
-その本のお渡し会を玖麗選手が襲撃するようなこともありました
「なんか玖麗には『あなたの呪いを解く』みたいな感じで言われてるんだけど、私は一切呪われてない。たぶん玖麗が呪われてるんじゃないかな。取りつかれてるというか」
-玖麗選手からしたら、上谷選手を元のベビーに戻したいと思っているのでしょうか
「呪いを解きたいっていうのがどういう意味かは分からないんだけど、私は去年1年間かけてメディアに出たりとか、地上波生中継したりとか、プロレス大賞MVP取ったりとか、敗者引退マッチもそうだけど、本当に上谷沙弥という存在を証明してきて今ここにいると思ってる。実際は玖麗が呪われていて、襲撃とか誰かが憑依(ひょうい)して異常な行動を起こしているんじゃない?(笑い)」
-そのプロレス大賞の授賞式ではノアのOZAWA選手と壇上で見つめ合う? ような場面もありました。同い年ですし、お似合いなのではと思ってしまいました
「それをSNSとかに書かれたんだよ! お似合いじゃね? とか、付き合ってんじゃね? みたいな。本当にやめてほしい(笑い)。これ、ちゃんと書いておけよ。あの日、初めて会ったから。それで書かれて、こっちはもう風評被害を受けてるので。あの日、初めて会ったし、あの日1回しか会ったことから(笑い)。見られたから見返したら目が合っただけで、こっちから見てないから」
-いい美男美女だと思ったんですけど
「プロレスラーとは付き合わない! ってそこまでは言わなくていいですけど違います、本当に」
-話は変わりますが、プロレスラーとして今トレーニングでどこを重点的に鍛えていますか
「今だと肩周りも結構やるようにしてるけど、やっぱり一番は下半身かな。階段ダッシュとかが一番好きでやるようにしてるよ。試合の後半でも足腰が疲れないように」
-フジテレビ系「千鳥の鬼レンチャン」では「女子300メートル走サバイバルレンチャン」に挑戦する姿が反響を呼びました
「あれがきっかけでダッシュに力を入れたっていう感じかな。鬼レンチャンでダッシュトレーニングをめちゃくちゃやったら、(プロレスの)試合がすごいスタミナ切れなくなったし、息切れとかもしなくなって、試合にすごいプラスになったから。そこから意識的にやった方がいいなと思って強化するようにしてるよ」
-もともと陸上部に入っていたんですか
「入ってない。気合と根性で。フォームとかちゃんとできてるのか分からないけど気合と根性で(笑い)」
-最後にまた横浜アリーナの話に戻りますが、上谷選手は負けたらH.A.T.E.を脱退とかしないですか
「しないね。H.A.T.E.は居心地がめちゃくちゃいいから。自由だし、縛られないし。それぞれがやっぱりプロレスで自立しているので居心地がいいし、伸び伸びできるしね。沙弥様は絶対、もう生涯H.A.T.E.にいるんで。プロレスやってる限りH.A.T.E.にいるんで」
-じゃあ生涯ヒールですね
「生涯ヒール。ヒールで引退するよ」
-今のベビーの選手たちに思うことはありますか
「強さだけじゃなくて存在感もたぶんH.A.T.E.が今1番出てると思う。強さもそうだし存在感、SNSでの発信力とかコメント力だったりとか、そういった強さだけでない部分も多分強化していかないと、いろんな意味でベビーはH.A.T.E.にかなわないと思ってる」
-最後にファンへメッセージをお願いします
「横浜アリーナでこの大切な赤いベルトを必ず防衛してその先にある東京ドームまでお前らを連れて行くから沙弥様から目を離すなよ!」
◆上谷沙弥(かみたに・さや)1996年(平8)11月28日生まれ、神奈川県出身。中学時代にヒップホップダンスの世界大会で2位に。高校時代にはEXILEのバックダンサーとしても活動した。14~15年はバイトAKBのメンバー。19年1月からスターダム練習生。同年8月10日の渡辺桃戦でデビュー。現在保持するワールド・オブ・スターダム王座など獲得タイトル多数。168センチ、58キロ。
Page 2
女子プロレスのスターダムは4月26日に神奈川・横浜アリーナで「ALL STAR GRAND QUEENDOM 2026」を開催する。昨年4月の横浜アリーナ大会で中野たむとの敗者引退マッチに勝利したワールド・オブ・スターダム王者の上谷沙弥(29)は、今年はたむの“愛弟子”玖麗さやか(25)を相手に防衛戦を行う。玖麗はこの試合に、所属するユニットCOSMIC ANGELSをかけるとも話している。決戦を前に上谷は何を思うのか。話を聞いた。(聞き手=千葉修宏)
◇ ◇ ◇
-4・26横浜アリーナで玖麗さやか選手の挑戦を受けることが決定しました。玖麗選手は昨年もシンデレラ・トーナメント優勝者の権利で1度上谷選手に挑戦しています
「(今回)最初に挑戦したいって言われた時、ずっと私は拒否し続けていた。それはやっぱり赤いベルトを挑戦するにあたって強さだったり試合内容だったり存在感だったりっていうものが挑戦者として基準に満たないと思ったから」
-そこから受ける気になったきっかけは
「(今年の)シンデレラ(トーナメント)の準々決勝で吏南と玖麗が戦ってるのを私は間近で見てたんだけど、試合の成長だったり、心に響くものがあったから、私はそこで宿題を出した。(現時点で自分と玖麗が戦うのは)全然フェアではないので、(自分が)赤いベルトをかける代わりに何をお前はかけるんだってね。最終的に(3月15日の)横浜武道館で(ユニットの)コズエンをかけると玖麗は言った。自分的には去年、中野たむから全てを奪うって言って唯一奪い残したものがCOSMIC ANGELSだったから、全てを奪いたいと思って承諾したよ」
-コズエンをかけるというのは、上谷選手が勝ったらコズエン消滅という認識でいいでしょうか
「そうだね、消滅させるよ」
-コズエンを消滅させた後に上谷選手がスターダムでやっていきたいことって何ですか
「やっぱり東京ドームをずっと目標に掲げて公言しているので、そこにめがけて赤いベルトのチャンピオンとして歩み続けたいなって思うかな」
-東京ドーム興行を公言されているからには、次の横浜アリーナでそれにつながるような成功を収めないといけないと思います
「ドームにつなげるためにはこの横浜アリーナは1万人は最低でも入れなきゃ現実的じゃないと思う。1万人目標で行きたいとは思ってる」
-手応えはどうですか
「1万人? いけるかな? これ1万人入らなかったらやばいよな…でも、もう言うしかないって思ってるから。去年1年間(目標を)口に出して全部、夢がかなってきた。無謀だって思ってる人も中にはいると思うけど、誰も言わないなら私が言うしかないし、言わないと始まらないから言い続けるよ」
-もともとスターダムは人気があったとはいえ、上谷選手の闇落ち後にさらに人気が上がっていったと思います。ご自身のヒールターンについて今、振り返るとどう思いますか
「迷いはなかったけど不安っていうのは少なからずあって。でも今となって振り返るとヒールターンしてよかったなって思う。自分自身もすごく成長できたし、プロレス界をひっかき回して今のプロレスを本当に世間の人に見てもらえている自信があるので。そこは本当に良かったなって心から思ってるよ」
-ヒールになって変わったことはありますか
「思ったことを自由に言えるようになった。ベビーの時は、嫌なこと、何か思ったことあっても発言できなかったりしたから」
-玖麗選手との防衛戦を控え、2月7日のスターライト・キッド選手との防衛戦の時に脱臼した右手の中指はもう大丈夫ですか
「リハビリしながらっていう感じでやってきて、もう大丈夫」
-リングドクターに診てもらい、テーピングを巻いて試合を続行しましたが、どういう心境でしたか
「脱臼した瞬間は…以前、5スターGPの開幕戦で肘の脱臼をしたことがあって、その時のことをやっぱり思い出して。その時はレフェリーストップだったので、やばいって思ったんだけど。でもやっぱり赤いベルトを去年1年間、本当に人生をかけて守ってきて。レフェリーストップという形で終わらすわけにはいかないという気持ちが一番にきたので。その瞬間、レフェリーに絶対に止めるなっていうのを伝えて。ああいう形になった」
-なかなかあの状況で試合続行はできないと思います
「自分はメンタルが弱い方だと思ってたけど、母に『沙弥、いつもメンタル弱いって言うけど、メンタル強いんじゃない』って言われて。確かにメンタル強いのかなって思ったと(笑い)」
-メンタルと言えば、ベビー時代の24年6月にイベントで事件もありました。常連ファンの方に心無い言葉を浴びせられ、傷ついた上谷選手が「泣きそう…」と話すと、その方から「今日は泣かせに来たんだ」と言われました
「当時はすごく悲しかったし、めっちゃ落ち込んだし、応援してくれていた方だったので、すごく悲しかった。でも今はだいぶメンタルが強くなったし、今の自分だったらもっと強気なこと、『うるせえよ』みたいなことが言えるなって思う(笑い)」
-そういうさまざまなことを乗り越えて今に至るまでのことを記した自伝本「アイドルで落ちこぼれだった私がプロレス界のセンターに立った話」(KADOKAWA)も出版され、発売1カ月で重版決定&累計発行部数1万部突破と好調ですね
「あれは幼少期から今に至るまでアイドル目指してた時だったりとかプロレスに出会った頃、ベビーからヒールになって今に至るまで全てつづってるんだけど、(自伝本を)ライターさんが書く人もいると思うけど、私は自分の内面とか心の底にある思いを全て素直につづりたいって思ったから自分の手で書いた。愛のこもった作品になっているよ。よくファンの人からコメントとか感想で『沙弥様が読んでるように聞こえる』とか『沙弥様の言葉や口調だからスッと入ってくる』と言われるからそこは自分の中で結構ポイントかな」
-その本のお渡し会を玖麗選手が襲撃するようなこともありました
「なんか玖麗には『あなたの呪いを解く』みたいな感じで言われてるんだけど、私は一切呪われてない。たぶん玖麗が呪われてるんじゃないかな。取りつかれてるというか」
-玖麗選手からしたら、上谷選手を元のベビーに戻したいと思っているのでしょうか
「呪いを解きたいっていうのがどういう意味かは分からないんだけど、私は去年1年間かけてメディアに出たりとか、地上波生中継したりとか、プロレス大賞MVP取ったりとか、敗者引退マッチもそうだけど、本当に上谷沙弥という存在を証明してきて今ここにいると思ってる。実際は玖麗が呪われていて、襲撃とか誰かが憑依(ひょうい)して異常な行動を起こしているんじゃない?(笑い)」
-そのプロレス大賞の授賞式ではノアのOZAWA選手と壇上で見つめ合う? ような場面もありました。同い年ですし、お似合いなのではと思ってしまいました
「それをSNSとかに書かれたんだよ! お似合いじゃね? とか、付き合ってんじゃね? みたいな。本当にやめてほしい(笑い)。これ、ちゃんと書いておけよ。あの日、初めて会ったから。それで書かれて、こっちはもう風評被害を受けてるので。あの日、初めて会ったし、あの日1回しか会ったことから(笑い)。見られたから見返したら目が合っただけで、こっちから見てないから」
-いい美男美女だと思ったんですけど
「プロレスラーとは付き合わない! ってそこまでは言わなくていいですけど違います、本当に」
-話は変わりますが、プロレスラーとして今トレーニングでどこを重点的に鍛えていますか
「今だと肩周りも結構やるようにしてるけど、やっぱり一番は下半身かな。階段ダッシュとかが一番好きでやるようにしてるよ。試合の後半でも足腰が疲れないように」
-フジテレビ系「千鳥の鬼レンチャン」では「女子300メートル走サバイバルレンチャン」に挑戦する姿が反響を呼びました
「あれがきっかけでダッシュに力を入れたっていう感じかな。鬼レンチャンでダッシュトレーニングをめちゃくちゃやったら、(プロレスの)試合がすごいスタミナ切れなくなったし、息切れとかもしなくなって、試合にすごいプラスになったから。そこから意識的にやった方がいいなと思って強化するようにしてるよ」
-もともと陸上部に入っていたんですか
「入ってない。気合と根性で。フォームとかちゃんとできてるのか分からないけど気合と根性で(笑い)」
-最後にまた横浜アリーナの話に戻りますが、上谷選手は負けたらH.A.T.E.を脱退とかしないですか
「しないね。H.A.T.E.は居心地がめちゃくちゃいいから。自由だし、縛られないし。それぞれがやっぱりプロレスで自立しているので居心地がいいし、伸び伸びできるしね。沙弥様は絶対、もう生涯H.A.T.E.にいるんで。プロレスやってる限りH.A.T.E.にいるんで」
-じゃあ生涯ヒールですね
「生涯ヒール。ヒールで引退するよ」
-今のベビーの選手たちに思うことはありますか
「強さだけじゃなくて存在感もたぶんH.A.T.E.が今1番出てると思う。強さもそうだし存在感、SNSでの発信力とかコメント力だったりとか、そういった強さだけでない部分も多分強化していかないと、いろんな意味でベビーはH.A.T.E.にかなわないと思ってる」
-最後にファンへメッセージをお願いします
「横浜アリーナでこの大切な赤いベルトを必ず防衛してその先にある東京ドームまでお前らを連れて行くから沙弥様から目を離すなよ!」
◆上谷沙弥(かみたに・さや)1996年(平8)11月28日生まれ、神奈川県出身。中学時代にヒップホップダンスの世界大会で2位に。高校時代にはEXILEのバックダンサーとしても活動した。14~15年はバイトAKBのメンバー。19年1月からスターダム練習生。同年8月10日の渡辺桃戦でデビュー。現在保持するワールド・オブ・スターダム王座など獲得タイトル多数。168センチ、58キロ。
Page 3
女子プロレスのスターダムは4月26日に神奈川・横浜アリーナで「ALL STAR GRAND QUEENDOM 2026」を開催する。昨年4月の横浜アリーナ大会で中野たむとの敗者引退マッチに勝利したワールド・オブ・スターダム王者の上谷沙弥(29)は、今年はたむの“愛弟子”玖麗さやか(25)を相手に防衛戦を行う。玖麗はこの試合に、所属するユニットCOSMIC ANGELSをかけるとも話している。決戦を前に上谷は何を思うのか。話を聞いた。(聞き手=千葉修宏)
◇ ◇ ◇
-4・26横浜アリーナで玖麗さやか選手の挑戦を受けることが決定しました。玖麗選手は昨年もシンデレラ・トーナメント優勝者の権利で1度上谷選手に挑戦しています
「(今回)最初に挑戦したいって言われた時、ずっと私は拒否し続けていた。それはやっぱり赤いベルトを挑戦するにあたって強さだったり試合内容だったり存在感だったりっていうものが挑戦者として基準に満たないと思ったから」
-そこから受ける気になったきっかけは
「(今年の)シンデレラ(トーナメント)の準々決勝で吏南と玖麗が戦ってるのを私は間近で見てたんだけど、試合の成長だったり、心に響くものがあったから、私はそこで宿題を出した。(現時点で自分と玖麗が戦うのは)全然フェアではないので、(自分が)赤いベルトをかける代わりに何をお前はかけるんだってね。最終的に(3月15日の)横浜武道館で(ユニットの)コズエンをかけると玖麗は言った。自分的には去年、中野たむから全てを奪うって言って唯一奪い残したものがCOSMIC ANGELSだったから、全てを奪いたいと思って承諾したよ」
-コズエンをかけるというのは、上谷選手が勝ったらコズエン消滅という認識でいいでしょうか
「そうだね、消滅させるよ」
-コズエンを消滅させた後に上谷選手がスターダムでやっていきたいことって何ですか
「やっぱり東京ドームをずっと目標に掲げて公言しているので、そこにめがけて赤いベルトのチャンピオンとして歩み続けたいなって思うかな」
-東京ドーム興行を公言されているからには、次の横浜アリーナでそれにつながるような成功を収めないといけないと思います
「ドームにつなげるためにはこの横浜アリーナは1万人は最低でも入れなきゃ現実的じゃないと思う。1万人目標で行きたいとは思ってる」
-手応えはどうですか
「1万人? いけるかな? これ1万人入らなかったらやばいよな…でも、もう言うしかないって思ってるから。去年1年間(目標を)口に出して全部、夢がかなってきた。無謀だって思ってる人も中にはいると思うけど、誰も言わないなら私が言うしかないし、言わないと始まらないから言い続けるよ」
-もともとスターダムは人気があったとはいえ、上谷選手の闇落ち後にさらに人気が上がっていったと思います。ご自身のヒールターンについて今、振り返るとどう思いますか
「迷いはなかったけど不安っていうのは少なからずあって。でも今となって振り返るとヒールターンしてよかったなって思う。自分自身もすごく成長できたし、プロレス界をひっかき回して今のプロレスを本当に世間の人に見てもらえている自信があるので。そこは本当に良かったなって心から思ってるよ」
-ヒールになって変わったことはありますか
「思ったことを自由に言えるようになった。ベビーの時は、嫌なこと、何か思ったことあっても発言できなかったりしたから」
-玖麗選手との防衛戦を控え、2月7日のスターライト・キッド選手との防衛戦の時に脱臼した右手の中指はもう大丈夫ですか
「リハビリしながらっていう感じでやってきて、もう大丈夫」
-リングドクターに診てもらい、テーピングを巻いて試合を続行しましたが、どういう心境でしたか
「脱臼した瞬間は…以前、5スターGPの開幕戦で肘の脱臼をしたことがあって、その時のことをやっぱり思い出して。その時はレフェリーストップだったので、やばいって思ったんだけど。でもやっぱり赤いベルトを去年1年間、本当に人生をかけて守ってきて。レフェリーストップという形で終わらすわけにはいかないという気持ちが一番にきたので。その瞬間、レフェリーに絶対に止めるなっていうのを伝えて。ああいう形になった」
-なかなかあの状況で試合続行はできないと思います
「自分はメンタルが弱い方だと思ってたけど、母に『沙弥、いつもメンタル弱いって言うけど、メンタル強いんじゃない』って言われて。確かにメンタル強いのかなって思ったと(笑い)」
-メンタルと言えば、ベビー時代の24年6月にイベントで事件もありました。常連ファンの方に心無い言葉を浴びせられ、傷ついた上谷選手が「泣きそう…」と話すと、その方から「今日は泣かせに来たんだ」と言われました
「当時はすごく悲しかったし、めっちゃ落ち込んだし、応援してくれていた方だったので、すごく悲しかった。でも今はだいぶメンタルが強くなったし、今の自分だったらもっと強気なこと、『うるせえよ』みたいなことが言えるなって思う(笑い)」
-そういうさまざまなことを乗り越えて今に至るまでのことを記した自伝本「アイドルで落ちこぼれだった私がプロレス界のセンターに立った話」(KADOKAWA)も出版され、発売1カ月で重版決定&累計発行部数1万部突破と好調ですね
「あれは幼少期から今に至るまでアイドル目指してた時だったりとかプロレスに出会った頃、ベビーからヒールになって今に至るまで全てつづってるんだけど、(自伝本を)ライターさんが書く人もいると思うけど、私は自分の内面とか心の底にある思いを全て素直につづりたいって思ったから自分の手で書いた。愛のこもった作品になっているよ。よくファンの人からコメントとか感想で『沙弥様が読んでるように聞こえる』とか『沙弥様の言葉や口調だからスッと入ってくる』と言われるからそこは自分の中で結構ポイントかな」
-その本のお渡し会を玖麗選手が襲撃するようなこともありました
「なんか玖麗には『あなたの呪いを解く』みたいな感じで言われてるんだけど、私は一切呪われてない。たぶん玖麗が呪われてるんじゃないかな。取りつかれてるというか」
-玖麗選手からしたら、上谷選手を元のベビーに戻したいと思っているのでしょうか
「呪いを解きたいっていうのがどういう意味かは分からないんだけど、私は去年1年間かけてメディアに出たりとか、地上波生中継したりとか、プロレス大賞MVP取ったりとか、敗者引退マッチもそうだけど、本当に上谷沙弥という存在を証明してきて今ここにいると思ってる。実際は玖麗が呪われていて、襲撃とか誰かが憑依(ひょうい)して異常な行動を起こしているんじゃない?(笑い)」
-そのプロレス大賞の授賞式ではノアのOZAWA選手と壇上で見つめ合う? ような場面もありました。同い年ですし、お似合いなのではと思ってしまいました
「それをSNSとかに書かれたんだよ! お似合いじゃね? とか、付き合ってんじゃね? みたいな。本当にやめてほしい(笑い)。これ、ちゃんと書いておけよ。あの日、初めて会ったから。それで書かれて、こっちはもう風評被害を受けてるので。あの日、初めて会ったし、あの日1回しか会ったことから(笑い)。見られたから見返したら目が合っただけで、こっちから見てないから」
-いい美男美女だと思ったんですけど
「プロレスラーとは付き合わない! ってそこまでは言わなくていいですけど違います、本当に」
-話は変わりますが、プロレスラーとして今トレーニングでどこを重点的に鍛えていますか
「今だと肩周りも結構やるようにしてるけど、やっぱり一番は下半身かな。階段ダッシュとかが一番好きでやるようにしてるよ。試合の後半でも足腰が疲れないように」
-フジテレビ系「千鳥の鬼レンチャン」では「女子300メートル走サバイバルレンチャン」に挑戦する姿が反響を呼びました
「あれがきっかけでダッシュに力を入れたっていう感じかな。鬼レンチャンでダッシュトレーニングをめちゃくちゃやったら、(プロレスの)試合がすごいスタミナ切れなくなったし、息切れとかもしなくなって、試合にすごいプラスになったから。そこから意識的にやった方がいいなと思って強化するようにしてるよ」
-もともと陸上部に入っていたんですか
「入ってない。気合と根性で。フォームとかちゃんとできてるのか分からないけど気合と根性で(笑い)」
-最後にまた横浜アリーナの話に戻りますが、上谷選手は負けたらH.A.T.E.を脱退とかしないですか
「しないね。H.A.T.E.は居心地がめちゃくちゃいいから。自由だし、縛られないし。それぞれがやっぱりプロレスで自立しているので居心地がいいし、伸び伸びできるしね。沙弥様は絶対、もう生涯H.A.T.E.にいるんで。プロレスやってる限りH.A.T.E.にいるんで」
-じゃあ生涯ヒールですね
「生涯ヒール。ヒールで引退するよ」
-今のベビーの選手たちに思うことはありますか
「強さだけじゃなくて存在感もたぶんH.A.T.E.が今1番出てると思う。強さもそうだし存在感、SNSでの発信力とかコメント力だったりとか、そういった強さだけでない部分も多分強化していかないと、いろんな意味でベビーはH.A.T.E.にかなわないと思ってる」
-最後にファンへメッセージをお願いします
「横浜アリーナでこの大切な赤いベルトを必ず防衛してその先にある東京ドームまでお前らを連れて行くから沙弥様から目を離すなよ!」
◆上谷沙弥(かみたに・さや)1996年(平8)11月28日生まれ、神奈川県出身。中学時代にヒップホップダンスの世界大会で2位に。高校時代にはEXILEのバックダンサーとしても活動した。14~15年はバイトAKBのメンバー。19年1月からスターダム練習生。同年8月10日の渡辺桃戦でデビュー。現在保持するワールド・オブ・スターダム王座など獲得タイトル多数。168センチ、58キロ。
Page 4
女子プロレスのスターダムは4月26日に神奈川・横浜アリーナで「ALL STAR GRAND QUEENDOM 2026」を開催する。昨年4月の横浜アリーナ大会で中野たむとの敗者引退マッチに勝利したワールド・オブ・スターダム王者の上谷沙弥(29)は、今年はたむの“愛弟子”玖麗さやか(25)を相手に防衛戦を行う。玖麗はこの試合に、所属するユニットCOSMIC ANGELSをかけるとも話している。決戦を前に上谷は何を思うのか。話を聞いた。(聞き手=千葉修宏)
◇ ◇ ◇
-4・26横浜アリーナで玖麗さやか選手の挑戦を受けることが決定しました。玖麗選手は昨年もシンデレラ・トーナメント優勝者の権利で1度上谷選手に挑戦しています
「(今回)最初に挑戦したいって言われた時、ずっと私は拒否し続けていた。それはやっぱり赤いベルトを挑戦するにあたって強さだったり試合内容だったり存在感だったりっていうものが挑戦者として基準に満たないと思ったから」
-そこから受ける気になったきっかけは
「(今年の)シンデレラ(トーナメント)の準々決勝で吏南と玖麗が戦ってるのを私は間近で見てたんだけど、試合の成長だったり、心に響くものがあったから、私はそこで宿題を出した。(現時点で自分と玖麗が戦うのは)全然フェアではないので、(自分が)赤いベルトをかける代わりに何をお前はかけるんだってね。最終的に(3月15日の)横浜武道館で(ユニットの)コズエンをかけると玖麗は言った。自分的には去年、中野たむから全てを奪うって言って唯一奪い残したものがCOSMIC ANGELSだったから、全てを奪いたいと思って承諾したよ」
-コズエンをかけるというのは、上谷選手が勝ったらコズエン消滅という認識でいいでしょうか
「そうだね、消滅させるよ」
-コズエンを消滅させた後に上谷選手がスターダムでやっていきたいことって何ですか
「やっぱり東京ドームをずっと目標に掲げて公言しているので、そこにめがけて赤いベルトのチャンピオンとして歩み続けたいなって思うかな」
-東京ドーム興行を公言されているからには、次の横浜アリーナでそれにつながるような成功を収めないといけないと思います
「ドームにつなげるためにはこの横浜アリーナは1万人は最低でも入れなきゃ現実的じゃないと思う。1万人目標で行きたいとは思ってる」
-手応えはどうですか
「1万人? いけるかな? これ1万人入らなかったらやばいよな…でも、もう言うしかないって思ってるから。去年1年間(目標を)口に出して全部、夢がかなってきた。無謀だって思ってる人も中にはいると思うけど、誰も言わないなら私が言うしかないし、言わないと始まらないから言い続けるよ」
-もともとスターダムは人気があったとはいえ、上谷選手の闇落ち後にさらに人気が上がっていったと思います。ご自身のヒールターンについて今、振り返るとどう思いますか
「迷いはなかったけど不安っていうのは少なからずあって。でも今となって振り返るとヒールターンしてよかったなって思う。自分自身もすごく成長できたし、プロレス界をひっかき回して今のプロレスを本当に世間の人に見てもらえている自信があるので。そこは本当に良かったなって心から思ってるよ」
-ヒールになって変わったことはありますか
「思ったことを自由に言えるようになった。ベビーの時は、嫌なこと、何か思ったことあっても発言できなかったりしたから」
-玖麗選手との防衛戦を控え、2月7日のスターライト・キッド選手との防衛戦の時に脱臼した右手の中指はもう大丈夫ですか
「リハビリしながらっていう感じでやってきて、もう大丈夫」
-リングドクターに診てもらい、テーピングを巻いて試合を続行しましたが、どういう心境でしたか
「脱臼した瞬間は…以前、5スターGPの開幕戦で肘の脱臼をしたことがあって、その時のことをやっぱり思い出して。その時はレフェリーストップだったので、やばいって思ったんだけど。でもやっぱり赤いベルトを去年1年間、本当に人生をかけて守ってきて。レフェリーストップという形で終わらすわけにはいかないという気持ちが一番にきたので。その瞬間、レフェリーに絶対に止めるなっていうのを伝えて。ああいう形になった」
-なかなかあの状況で試合続行はできないと思います
「自分はメンタルが弱い方だと思ってたけど、母に『沙弥、いつもメンタル弱いって言うけど、メンタル強いんじゃない』って言われて。確かにメンタル強いのかなって思ったと(笑い)」
-メンタルと言えば、ベビー時代の24年6月にイベントで事件もありました。常連ファンの方に心無い言葉を浴びせられ、傷ついた上谷選手が「泣きそう…」と話すと、その方から「今日は泣かせに来たんだ」と言われました
「当時はすごく悲しかったし、めっちゃ落ち込んだし、応援してくれていた方だったので、すごく悲しかった。でも今はだいぶメンタルが強くなったし、今の自分だったらもっと強気なこと、『うるせえよ』みたいなことが言えるなって思う(笑い)」
-そういうさまざまなことを乗り越えて今に至るまでのことを記した自伝本「アイドルで落ちこぼれだった私がプロレス界のセンターに立った話」(KADOKAWA)も出版され、発売1カ月で重版決定&累計発行部数1万部突破と好調ですね
「あれは幼少期から今に至るまでアイドル目指してた時だったりとかプロレスに出会った頃、ベビーからヒールになって今に至るまで全てつづってるんだけど、(自伝本を)ライターさんが書く人もいると思うけど、私は自分の内面とか心の底にある思いを全て素直につづりたいって思ったから自分の手で書いた。愛のこもった作品になっているよ。よくファンの人からコメントとか感想で『沙弥様が読んでるように聞こえる』とか『沙弥様の言葉や口調だからスッと入ってくる』と言われるからそこは自分の中で結構ポイントかな」
-その本のお渡し会を玖麗選手が襲撃するようなこともありました
「なんか玖麗には『あなたの呪いを解く』みたいな感じで言われてるんだけど、私は一切呪われてない。たぶん玖麗が呪われてるんじゃないかな。取りつかれてるというか」
-玖麗選手からしたら、上谷選手を元のベビーに戻したいと思っているのでしょうか
「呪いを解きたいっていうのがどういう意味かは分からないんだけど、私は去年1年間かけてメディアに出たりとか、地上波生中継したりとか、プロレス大賞MVP取ったりとか、敗者引退マッチもそうだけど、本当に上谷沙弥という存在を証明してきて今ここにいると思ってる。実際は玖麗が呪われていて、襲撃とか誰かが憑依(ひょうい)して異常な行動を起こしているんじゃない?(笑い)」
-そのプロレス大賞の授賞式ではノアのOZAWA選手と壇上で見つめ合う? ような場面もありました。同い年ですし、お似合いなのではと思ってしまいました
「それをSNSとかに書かれたんだよ! お似合いじゃね? とか、付き合ってんじゃね? みたいな。本当にやめてほしい(笑い)。これ、ちゃんと書いておけよ。あの日、初めて会ったから。それで書かれて、こっちはもう風評被害を受けてるので。あの日、初めて会ったし、あの日1回しか会ったことから(笑い)。見られたから見返したら目が合っただけで、こっちから見てないから」
-いい美男美女だと思ったんですけど
「プロレスラーとは付き合わない! ってそこまでは言わなくていいですけど違います、本当に」
-話は変わりますが、プロレスラーとして今トレーニングでどこを重点的に鍛えていますか
「今だと肩周りも結構やるようにしてるけど、やっぱり一番は下半身かな。階段ダッシュとかが一番好きでやるようにしてるよ。試合の後半でも足腰が疲れないように」
-フジテレビ系「千鳥の鬼レンチャン」では「女子300メートル走サバイバルレンチャン」に挑戦する姿が反響を呼びました
「あれがきっかけでダッシュに力を入れたっていう感じかな。鬼レンチャンでダッシュトレーニングをめちゃくちゃやったら、(プロレスの)試合がすごいスタミナ切れなくなったし、息切れとかもしなくなって、試合にすごいプラスになったから。そこから意識的にやった方がいいなと思って強化するようにしてるよ」
-もともと陸上部に入っていたんですか
「入ってない。気合と根性で。フォームとかちゃんとできてるのか分からないけど気合と根性で(笑い)」
-最後にまた横浜アリーナの話に戻りますが、上谷選手は負けたらH.A.T.E.を脱退とかしないですか
「しないね。H.A.T.E.は居心地がめちゃくちゃいいから。自由だし、縛られないし。それぞれがやっぱりプロレスで自立しているので居心地がいいし、伸び伸びできるしね。沙弥様は絶対、もう生涯H.A.T.E.にいるんで。プロレスやってる限りH.A.T.E.にいるんで」
-じゃあ生涯ヒールですね
「生涯ヒール。ヒールで引退するよ」
-今のベビーの選手たちに思うことはありますか
「強さだけじゃなくて存在感もたぶんH.A.T.E.が今1番出てると思う。強さもそうだし存在感、SNSでの発信力とかコメント力だったりとか、そういった強さだけでない部分も多分強化していかないと、いろんな意味でベビーはH.A.T.E.にかなわないと思ってる」
-最後にファンへメッセージをお願いします
「横浜アリーナでこの大切な赤いベルトを必ず防衛してその先にある東京ドームまでお前らを連れて行くから沙弥様から目を離すなよ!」
◆上谷沙弥(かみたに・さや)1996年(平8)11月28日生まれ、神奈川県出身。中学時代にヒップホップダンスの世界大会で2位に。高校時代にはEXILEのバックダンサーとしても活動した。14~15年はバイトAKBのメンバー。19年1月からスターダム練習生。同年8月10日の渡辺桃戦でデビュー。現在保持するワールド・オブ・スターダム王座など獲得タイトル多数。168センチ、58キロ。
Page 5
女子プロレスのスターダムは4月26日に神奈川・横浜アリーナで「ALL STAR GRAND QUEENDOM 2026」を開催する。昨年4月の横浜アリーナ大会で中野たむとの敗者引退マッチに勝利したワールド・オブ・スターダム王者の上谷沙弥(29)は、今年はたむの“愛弟子”玖麗さやか(25)を相手に防衛戦を行う。玖麗はこの試合に、所属するユニットCOSMIC ANGELSをかけるとも話している。決戦を前に上谷は何を思うのか。話を聞いた。(聞き手=千葉修宏)
◇ ◇ ◇
-4・26横浜アリーナで玖麗さやか選手の挑戦を受けることが決定しました。玖麗選手は昨年もシンデレラ・トーナメント優勝者の権利で1度上谷選手に挑戦しています
「(今回)最初に挑戦したいって言われた時、ずっと私は拒否し続けていた。それはやっぱり赤いベルトを挑戦するにあたって強さだったり試合内容だったり存在感だったりっていうものが挑戦者として基準に満たないと思ったから」
-そこから受ける気になったきっかけは
「(今年の)シンデレラ(トーナメント)の準々決勝で吏南と玖麗が戦ってるのを私は間近で見てたんだけど、試合の成長だったり、心に響くものがあったから、私はそこで宿題を出した。(現時点で自分と玖麗が戦うのは)全然フェアではないので、(自分が)赤いベルトをかける代わりに何をお前はかけるんだってね。最終的に(3月15日の)横浜武道館で(ユニットの)コズエンをかけると玖麗は言った。自分的には去年、中野たむから全てを奪うって言って唯一奪い残したものがCOSMIC ANGELSだったから、全てを奪いたいと思って承諾したよ」
-コズエンをかけるというのは、上谷選手が勝ったらコズエン消滅という認識でいいでしょうか
「そうだね、消滅させるよ」
-コズエンを消滅させた後に上谷選手がスターダムでやっていきたいことって何ですか
「やっぱり東京ドームをずっと目標に掲げて公言しているので、そこにめがけて赤いベルトのチャンピオンとして歩み続けたいなって思うかな」
-東京ドーム興行を公言されているからには、次の横浜アリーナでそれにつながるような成功を収めないといけないと思います
「ドームにつなげるためにはこの横浜アリーナは1万人は最低でも入れなきゃ現実的じゃないと思う。1万人目標で行きたいとは思ってる」
-手応えはどうですか
「1万人? いけるかな? これ1万人入らなかったらやばいよな…でも、もう言うしかないって思ってるから。去年1年間(目標を)口に出して全部、夢がかなってきた。無謀だって思ってる人も中にはいると思うけど、誰も言わないなら私が言うしかないし、言わないと始まらないから言い続けるよ」
-もともとスターダムは人気があったとはいえ、上谷選手の闇落ち後にさらに人気が上がっていったと思います。ご自身のヒールターンについて今、振り返るとどう思いますか
「迷いはなかったけど不安っていうのは少なからずあって。でも今となって振り返るとヒールターンしてよかったなって思う。自分自身もすごく成長できたし、プロレス界をひっかき回して今のプロレスを本当に世間の人に見てもらえている自信があるので。そこは本当に良かったなって心から思ってるよ」
-ヒールになって変わったことはありますか
「思ったことを自由に言えるようになった。ベビーの時は、嫌なこと、何か思ったことあっても発言できなかったりしたから」
-玖麗選手との防衛戦を控え、2月7日のスターライト・キッド選手との防衛戦の時に脱臼した右手の中指はもう大丈夫ですか
「リハビリしながらっていう感じでやってきて、もう大丈夫」
-リングドクターに診てもらい、テーピングを巻いて試合を続行しましたが、どういう心境でしたか
「脱臼した瞬間は…以前、5スターGPの開幕戦で肘の脱臼をしたことがあって、その時のことをやっぱり思い出して。その時はレフェリーストップだったので、やばいって思ったんだけど。でもやっぱり赤いベルトを去年1年間、本当に人生をかけて守ってきて。レフェリーストップという形で終わらすわけにはいかないという気持ちが一番にきたので。その瞬間、レフェリーに絶対に止めるなっていうのを伝えて。ああいう形になった」
-なかなかあの状況で試合続行はできないと思います
「自分はメンタルが弱い方だと思ってたけど、母に『沙弥、いつもメンタル弱いって言うけど、メンタル強いんじゃない』って言われて。確かにメンタル強いのかなって思ったと(笑い)」
-メンタルと言えば、ベビー時代の24年6月にイベントで事件もありました。常連ファンの方に心無い言葉を浴びせられ、傷ついた上谷選手が「泣きそう…」と話すと、その方から「今日は泣かせに来たんだ」と言われました
「当時はすごく悲しかったし、めっちゃ落ち込んだし、応援してくれていた方だったので、すごく悲しかった。でも今はだいぶメンタルが強くなったし、今の自分だったらもっと強気なこと、『うるせえよ』みたいなことが言えるなって思う(笑い)」
-そういうさまざまなことを乗り越えて今に至るまでのことを記した自伝本「アイドルで落ちこぼれだった私がプロレス界のセンターに立った話」(KADOKAWA)も出版され、発売1カ月で重版決定&累計発行部数1万部突破と好調ですね
「あれは幼少期から今に至るまでアイドル目指してた時だったりとかプロレスに出会った頃、ベビーからヒールになって今に至るまで全てつづってるんだけど、(自伝本を)ライターさんが書く人もいると思うけど、私は自分の内面とか心の底にある思いを全て素直につづりたいって思ったから自分の手で書いた。愛のこもった作品になっているよ。よくファンの人からコメントとか感想で『沙弥様が読んでるように聞こえる』とか『沙弥様の言葉や口調だからスッと入ってくる』と言われるからそこは自分の中で結構ポイントかな」
-その本のお渡し会を玖麗選手が襲撃するようなこともありました
「なんか玖麗には『あなたの呪いを解く』みたいな感じで言われてるんだけど、私は一切呪われてない。たぶん玖麗が呪われてるんじゃないかな。取りつかれてるというか」
-玖麗選手からしたら、上谷選手を元のベビーに戻したいと思っているのでしょうか
「呪いを解きたいっていうのがどういう意味かは分からないんだけど、私は去年1年間かけてメディアに出たりとか、地上波生中継したりとか、プロレス大賞MVP取ったりとか、敗者引退マッチもそうだけど、本当に上谷沙弥という存在を証明してきて今ここにいると思ってる。実際は玖麗が呪われていて、襲撃とか誰かが憑依(ひょうい)して異常な行動を起こしているんじゃない?(笑い)」
-そのプロレス大賞の授賞式ではノアのOZAWA選手と壇上で見つめ合う? ような場面もありました。同い年ですし、お似合いなのではと思ってしまいました
「それをSNSとかに書かれたんだよ! お似合いじゃね? とか、付き合ってんじゃね? みたいな。本当にやめてほしい(笑い)。これ、ちゃんと書いておけよ。あの日、初めて会ったから。それで書かれて、こっちはもう風評被害を受けてるので。あの日、初めて会ったし、あの日1回しか会ったことから(笑い)。見られたから見返したら目が合っただけで、こっちから見てないから」
-いい美男美女だと思ったんですけど
「プロレスラーとは付き合わない! ってそこまでは言わなくていいですけど違います、本当に」
-話は変わりますが、プロレスラーとして今トレーニングでどこを重点的に鍛えていますか
「今だと肩周りも結構やるようにしてるけど、やっぱり一番は下半身かな。階段ダッシュとかが一番好きでやるようにしてるよ。試合の後半でも足腰が疲れないように」
-フジテレビ系「千鳥の鬼レンチャン」では「女子300メートル走サバイバルレンチャン」に挑戦する姿が反響を呼びました
「あれがきっかけでダッシュに力を入れたっていう感じかな。鬼レンチャンでダッシュトレーニングをめちゃくちゃやったら、(プロレスの)試合がすごいスタミナ切れなくなったし、息切れとかもしなくなって、試合にすごいプラスになったから。そこから意識的にやった方がいいなと思って強化するようにしてるよ」
-もともと陸上部に入っていたんですか
「入ってない。気合と根性で。フォームとかちゃんとできてるのか分からないけど気合と根性で(笑い)」
-最後にまた横浜アリーナの話に戻りますが、上谷選手は負けたらH.A.T.E.を脱退とかしないですか
「しないね。H.A.T.E.は居心地がめちゃくちゃいいから。自由だし、縛られないし。それぞれがやっぱりプロレスで自立しているので居心地がいいし、伸び伸びできるしね。沙弥様は絶対、もう生涯H.A.T.E.にいるんで。プロレスやってる限りH.A.T.E.にいるんで」
-じゃあ生涯ヒールですね
「生涯ヒール。ヒールで引退するよ」
-今のベビーの選手たちに思うことはありますか
「強さだけじゃなくて存在感もたぶんH.A.T.E.が今1番出てると思う。強さもそうだし存在感、SNSでの発信力とかコメント力だったりとか、そういった強さだけでない部分も多分強化していかないと、いろんな意味でベビーはH.A.T.E.にかなわないと思ってる」
-最後にファンへメッセージをお願いします
「横浜アリーナでこの大切な赤いベルトを必ず防衛してその先にある東京ドームまでお前らを連れて行くから沙弥様から目を離すなよ!」
◆上谷沙弥(かみたに・さや)1996年(平8)11月28日生まれ、神奈川県出身。中学時代にヒップホップダンスの世界大会で2位に。高校時代にはEXILEのバックダンサーとしても活動した。14~15年はバイトAKBのメンバー。19年1月からスターダム練習生。同年8月10日の渡辺桃戦でデビュー。現在保持するワールド・オブ・スターダム王座など獲得タイトル多数。168センチ、58キロ。