胃の病原菌であるピロリ菌以外のヘリコバクター属菌(NHPH)の感染率などの実態を解明

【発表のポイント】

●胃液を用いたPCRによる調査でわが国のピロリ菌以外のヘリコバクター属菌(Non-Helicobacter pylori Helicobacter species: NHPH)感染率は3.0%であり、うち70%がH. suis感染、残り30%がH. suis以外のNHPH感染であることを明らかにしました。

●NHPH感染はピロリ感染と同様に全例で胃炎を起こし、ピロリ感染より胃炎の範囲は狭い、という特徴をもつことを明らかにしました。

●血清学的診断法(ELISA)がH. suis感染診断法として臨床的に有用であることを示しました。

【概要】

近年H. suisなどのピロリ菌以外のヘリコバクター属菌(Non-Helicobacter pylori Helicobacter species: NHPH)は、ピロリ菌(※1)と同様にヒトの胃に感染し、胃マルトリンパ腫(※2)や消化性潰瘍の原因となることが分かってきました。我々はヒト胃生検組織からのHelicobacter suis (H. suis)分離培養に世界で初めて成功し、コッホの原則によりH. suis感染がヒトの胃疾患を引き起こす病原細菌であることを証明しました(Rimbara E et al., PNAS 2021)。また血清を用いたH. suis感染の診断法(ELISA)を開発し(Matsui H et al., iScience, 2023)、本感染症はようやく臨床研究が実施できる段階となりました。そこで本研究では日本ヘリコバクター学会NHPH研究推進部会(部会長:杏林大学医学部予防医学教室 徳永 健吾 教授)およびAMED新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業(代表:国立健康危機管理研究機構 国立感染症研究所 細菌第二部 第二室 林原 絵美子 室長)と連携し、NHPH感染の実態調査を行いました。調査対象は人間ドック受診者673名とし、胃液から抽出したDNAを用いたリアルタイムPCR法によりNHPHを検出した結果、NHPH感染率は3.0%(うち70%がH. suis感染)であることが分かり、NHPH感染が稀ではないことを証明しました。またNHPH感染者の内視鏡的胃炎の特徴を明らかにし、血清を用いたELISA法が臨床的に有用であることを示しました。NHPH感染はわが国で稀ではないことが証明されたことから、今後はNHPHの関連疾患が明らかとなり、治療法の開発が期待されます。

【発表内容】

ヒトの胃の主要な病原細菌であるピロリ菌の感染率は日本では低下していますが、近年H. suisなどのピロリ菌以外のヘリコバクター属菌(Non-Helicobacter pylori Helicobacter species: NHPH)もヒト胃に感染し、胃マルトリンパ腫や消化性潰瘍の原因となることが分かってきました。しかし診断法が開発されていないことから、NHPHの感染率、感染経路、患者背景、病態、内視鏡像など基本となる情報がほとんどありません。そこで本研究グループは、我々が開発した胃液を用いたPCRを用いてNHPHの実態調査を行いました。

本研究は各施設の倫理委員会で承認を受け、2022年4月から2023年2月までに日本の4施設で人間ドックを受診し上部内視鏡検査を受けた673例を対象として前向きに調査を行いました。臨床情報として性別、年齢、ピロリ菌感染歴との関連、内視鏡所見、豚ホルモン喫食歴、ペットとして犬、猫の保有歴などを収集しました。NHPH感染診断は内視鏡下吸引胃液から抽出したDNAを用い、NHPH特異的な16S rRNAを標的としたリアルタイムPCRで陽性の場合をNHPH陽性、H. suis特異的なhsvA遺伝子を標的としたリアルタイムPCRにより陽性の場合をH. suis陽性としました。また、検診の残余血清を用いて血清学的診断法(既報)によりH. suis感染を評価しました。

調査の結果、ヘリコバクター属菌感染なしが56.2%、除菌後が37.7%、ピロリ菌感染率は3.1%、NHPH感染率は3.0%(そのうち70%がH. suis、残り30%がH. suis以外のヘリコバクター属菌)であり、ピロリ菌感染率とNHPH感染率は同程度でした。H. suis感染者は全員男性であり、全員に豚ホルモンの喫食歴があること、H. suis感染以外のNHPH感染者は猫の飼育歴を持つ割合が高いことが明らかになりました。NHPH感染胃炎の内視鏡の所見としては、霜降り状所見、ひび割れ状粘膜、鳥肌様胃炎を前庭部から胃角に認めることが明らかとなり、特にH. suis感染では霜降り状所見、ひび割れ状粘膜を93%の受診者で認めていました。ピロリ菌感染では胃体部を含む胃の広い範囲に炎症を認め集合細静脈(RAC)という胃粘膜の血管が観察出来なくなりますが、NHPHではRACが観察でき胃炎も前庭部から胃角の範囲に限局しており、ピロリ菌感染よりも胃炎の範囲は狭いことが分かりました。さらにPCR法でH. suis陽性者は全例で血清学的診断法でもH. suis陽性であり、本診断法の臨床的な有用性が示されました。

以上の結果から、NHPH感染はわが国で稀ではないことが示されました。ピロリ菌の感染者が減少している日本では、胃十二指腸関連疾患においてNHPHは重要な病原体となることが予想されます。これまでNHPHの診断法は内視鏡下で生検(組織検査)が必要である鏡検法のみでしたが、胃液を用いたPCR法や血清ELISA法が今後実用化されることが期待されます。

NHPHの感染経路は明らかではありませんが、H. suisの自然宿主は豚とサル、またH. suis以外のNHPHの自然宿主は猫や犬などと報告されています。本研究では感染源を調査する目的で、豚ホルモンの喫食歴、および犬、猫のペット飼育歴を聴取しましたが、直接感染経路を証明したものではありません。今後詳細な検討が必要ですが、豚ホルモンはよく加熱をすること、そしてペットを触った後には手洗いなどを十分に行うなどの感染症の基本である予防が重要であると言えます。本研究は日本で先行しており、今後はNHPH感染症の関連疾患、病原性、治療法の開発に結び付くことが期待されます。

【用語解説】

※1 ピロリ菌

ヘリコバクター・ピロリ(ピロリ菌)はヒトの胃に感染し、胃がんや消化性潰瘍の原因となる病原細菌です。1983年にオーストラリアのロビン・ウォレンとバリー・マーシャルにより培養が成功したことにより(2005年のノーベル医学生理学賞を受賞)、病原性解析、診断法の開発、治療法の確立がされてきました。30年前の日本ではピロリ菌感染者は人口の約半数でしたが、環境衛生が整い除菌治療が行われるようになり近年は感染率が低下し、胃がんによる死亡者数も直近10年で約2割減少しました。

※2 胃マルトリンパ腫

胃の慢性炎症で形成される粘膜関連リンパ組織(mucosa-associated lymphoid tissue:MALT)のB細胞由来の低悪性度のリンパ腫です。ピロリ菌感染が認められる場合は、除菌治療が有用です。NHPH感染が認められる場合にも、除菌治療することで病変が寛解(改善)することも報告されており、NHPHが病態に関与している可能性があります。

【発表者・研究者等情報】

杏林大学医学部予防医学教室 教授

杏林大学医学部付属病院 予防医学センター長

徳永 健吾

国立健康危機管理研究機構

国立感染症研究所 細菌第二部 第二室 室長

林原 絵美子

【論文情報】

雑誌名:Emerging Infectious Diseases (米CDCが発行するジャーナル)

題 名:Prospective Multicenter Surveillance of Non–H. pylori Helicobacter Infections during Medical Checkups, Japan

著者名:Kengo Tokunaga#, Emiko Rimbara#, Toshihisa Tsukadaira, Katsuhiro Mabe, Koji Yahara, Hidekazu Suzuki, Tadashi Shimoyama, Mitsushige Sugimoto, Tadayoshi Okimoto, Hidenori Matsui, Masato Suzuki, Keigo Shibayama, Hiroyoshi Ota, Kazunari Murakami, Mototsugu Kato (#Contributed equally)

DOI: 10.3201/eid3106.241315

URL:  https://doi.org/10.3201/eid3106.241315

【研究助成】

本研究は、一般社団法人日本ヘリコバクター学会NHPH研究推進部会、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)「新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業」(課題名:ヘリコバクター感染の診断法開発と感染実態、感染病態に寄与する因子の解明)、「橋渡し研究プログラム」(課題名:胃の疾患の原因となるヘリコバクター・スイス感染の血清診断製品の開発)、厚生労働科学研究費補助金「新興・再興感染症及び予防接種政策推進研究事業」(課題番号:21HA1005、24HA1002)、科学研費助成事業 基盤研究(C)(課題番号:20K08365、24K11176)基盤研究(B)(課題番号:23H02636)の支援を受けて実施されました。

【問い合わせ先】

<研究に関すること>

杏林大学医学部予防医学教室 教授

徳永 健吾(とくなが けんご)

E-mail: [email protected]

国立健康危機管理研究機構

国立感染症研究所 細菌第二部 第二室 室長

林原 絵美子(りんばら えみこ)

E-mail: [email protected]

<取材に関すること>

杏林大学 広報室

電話:0422-44-0611(広報室直通)

E-mail: [email protected]

国立健康危機管理研究機構 危機管理・運営局 広報管理部

電話:03-3202-7181

E-mail: [email protected]

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