朝ドラ「ばけばけ」スタート ヒロインへのキスが額になった理由&タイトルバックの裏側
「ばけばけ」初回の冒頭でトキ(高石あかり)が怪談を語るシーン(C)NHK
【牧 元一の孤人焦点】俳優の高石あかり(22)が主演するNHK連続テレビ小説「ばけばけ」が9月29日、スタートした。冒頭は、高石演じる主人公・トキが、英国人俳優のトミー・バストウ(34)演じる夫・ヘブンに怪談「耳なし芳一」を聞かせるシーンだった。 演出した村橋直樹氏は「あのシーンのトキは30歳代の後半に差しかかっている。ヘブンと結婚してから10年近くたっているが、2人の関係は当初の新鮮さを失っていない。べったりしていないが愛情を感じさせる。そんな2人の距離感をファーストシーンに出した」と話す。 そのような距離感は、トキのモデルとなった小泉セツ(明治時代の作家ラフカディオ・ハーン=小泉八雲の妻)が残した回想記「思い出の記」の内容に基づいているという。 夜間のあのシーンの最後にヘブンはトキの額にキスする。ヘブンがトキに顔を近づけていく過程で、家の庭から2人を見守る「蛇と蛙」(声の出演はお笑いコンビ「阿佐ヶ谷姉妹」の渡辺江里子と木村美穂)が「ちょっと朝よ」「夜だけど朝なのよ」と2人の口づけに対する動揺を表す。甘く愉快な場面だ。 実は、脚本の設定はヘブンがキスするのはトキの手の甲だった。 村橋氏は「脚本のト書きはあくまでもイメージ。手の甲では、最初からヘブンの口がトキの手の甲に向かっていることが分かってしまう。とはいえ、口、頬では生々しい。2人の顔が近づいているように見えること、かわいく見えることを考え、額にした。あの場面で高石さんは本気で照れている。たぶん、手の甲だったら、あのような芝居にはならなかっただろう」と語る。 確かに、あのシーンのトキは愛らしい。 制作統括の橋爪國臣氏は「この物語は大きく見ると2人のラブストーリーで、それを冒頭で示した。語られる怪談はただ怖いだけではなく、2人の愛の言葉のように聞こえるとうれしい」と話す。 冒頭シーンに続くのがタイトルバックだ。夫婦デュオ「ハンバートハンバート」が歌う主題歌「笑ったり転んだり」が流れ、トキとヘブンの仲むつまじい写真が次々と映し出される。動画ではなく静止画なのが珍しく、目を引く。 橋爪氏は「ハンバートハンバートさんはセツさんの『思い出の記』を基にドラマに寄り添う曲を書いてくれた。タイトルバックはその曲をじっくり聴けるものにしたかった。曲を聴きながらトキとヘブンの静止画を見ると静止画以上のことを想像できるような、主題歌をより深めるような仕組みを考えた」と明かす。 2人の写真は、作品集「未来ちゃん」「明星」などで知られる写真家・川島小鳥氏が、物語の舞台となる松江市内で1日かけて撮影したものだ。 橋爪氏は「小鳥さんはスナップの名手で、何かの一瞬を切り取ることにたけている。写真のコンセプトは、トキとヘブンの日常の散歩。撮影時は2人がなるべく自由に動ける環境にするために小鳥さんとの3人だけにしてスタッフは見えない場所で待機していた。小鳥さんはたぶん何千点も撮影したと思うが、『これが渾身のセレクト』と約220点を上げてくれた。その全てが素晴らしかった。小鳥さんは一瞬を捉える力が凄い。それが伝わるといいと思う」と語る。 確かに、このタイトルバックは秀逸だ。写真の数々からトキとヘブンのさまざまな物語が伝わってくる感じ。この作品の温かみがそこに凝縮されたかのようでもある。そして、何より、ハンバートハンバートが歌う主題歌が、まるでトキとヘブンが歌っているかのように聞こえる。とても印象深い。
◆牧 元一(まき・もとかず) スポーツニッポン新聞社編集局文化社会部。テレビやラジオ、音楽、釣りなどを担当。