揺れるヨーロッパのメディア──AI、分断、そして「信頼」をどう守るのか

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ヨーロッパでは今、メディアのあり方を根本から揺るがす大きな変化が進んでいる。生成AIによって“本物と区別がつかないニセの映像や音声”がつくられ、政治や選挙に影響を与えかねない状況が広がっている。さらに、公共放送への政治的な圧力や番組制作の中立性が問われる場面も相次ぎ、若者のニュース離れも深刻だ。「信頼できるニュースとは何か」という根本的な問いが突きつけられている。

2025年のヨーロッパを取材する中で強く感じたのは、「AIの時代に正しい情報をどう届けるか」、そして「分断が深まる社会の中で、メディアはどうすれば信頼され続けるのか」という難しい課題だった。(NNNロンドン支局 鈴木あづさ)

■AIがつくる“ニセのニュース”選挙にも影響

ヨーロッパ各地で問題となっているのが、AIを使ってつくられた「ディープフェイク」と呼ばれるニセの動画や音声だ。アイルランドでは、大統領選挙の期間中に「候補者が出馬を取りやめた」とするニセのニュース風動画がSNSで広まり、有権者の混乱を招いた。オランダでもヨーロッパ議会選挙などをめぐり、政治家の顔を合成したディープフェイク画像・動画がSNSで拡散し、事実かどうかを見極める前に議論が一気に過熱した。

AIが生み出すニセ情報は、国境も言語も越えて広がる。日本でも2025年の参議院選挙をめぐり、自動投稿プログラム「ボット」を使ったニセ情報が拡散し、一部は海外から発信された可能性があるとして政府が対策を強化する方針を示している。「AIによる選挙干渉のリスクは現実のものになりつつある」と専門家は警鐘を鳴らす。

■公共放送の“信頼”が揺らぐ

ヨーロッパでは、長く“民主主義の柱”とされてきた公共放送でも信頼を揺るがす出来事が相次いだ。

2025年2月、ドイツの公共放送「ZDF」では、政治討論番組に参加した観客が特定政党の政治家にだけ拍手を送っていたとして「観客の偏り」が問題になった。ZDFは「複数の大学などに観客募集の連絡をした」と説明したが、その中には「連絡を受けていない」という団体も含まれていて、説明の矛盾がさらなる不信を招いた。公共放送の中立性は大きく揺らいでいる。

イタリアの公共放送「RAI」では2024年5月、「政府寄りの番組作りが進んでいる」として記者たちがストライキを行った。政府に批判的な作家の出演が突然、キャンセルされたり、政治集会を“記者の解説なし”で放送できるようにする新制度が導入されたりと、現場では「政治の介入が強まっている」との声が続く。政府側は「政治的なストだ」と反論し、対立は深まったままだ。

そして、イギリスでは「BBC」が深刻な問題に直面した。看板番組「パノラマ」が、トランプ大統領の演説映像を別々の場面からつなぎ合わせ、暴力をあおったように見える編集を行っていたことが発覚した。BBCは誤りを認めて謝罪。上層部の辞任につながる大きな騒動となり、「公共放送だから信頼できる」という前提は大きく揺れた。

■フランスでは公共放送を「ひとまとめ」にする改革案が物議

フランスでは、2024年5月ごろからテレビ局・ラジオ局・国立アーカイブを1つの組織にまとめる公共放送改革が議会で議論されている。しかし、「権限が一極集中して政治の影響を受けやすくなるのではないか」「事実上の予算削減ではないか」「多様性が損なわれるのではないか」……など反対意見が根強く、改革の方向性は定まらないままだ。

公共放送をどう守り、どう変えていくのか。ヨーロッパ各国がその答えを探している。

■若者の深刻な“ニュース離れ”

EU(ヨーロッパ連合)の2023年の世論調査では、18歳から24歳の若者の多くがテレビニュースや新聞を主要な情報源としておらず、代わりに「TikTok」や「YouTube」などの動画プラットフォームでニュースに触れている実態が明らかになっている。SNSは刺激の強い映像が拡散されやすく、ニセ情報が本物よりも早く広まることもある。

ロイター・ジャーナリズム研究所が2024年6月に公表した調査でも、世界的にニュースへの信頼度が下がる一方で、SNSやショート動画が主要な情報源となりつつある現状が示されている。

こうした変化を受け、BBCや英・ガーディアン紙をはじめヨーロッパの大手メディアは、「TikTok」専任チームをつくり、縦型の短い動画でニュースを届ける取り組みを加速させている。ニュースの形そのものを変えなければ若い世代に届かない、という危機感が背景にある。

■「対話の場」をつくる――社会の“橋渡し役”に

ヨーロッパでは今、メディアの役割を「ニュースを届けるだけ」にとどめない動きが広がっている。社会の分断が深まり、正しい情報を出すだけでは人々の溝が埋まらなくなっているからだ。

BBCは地域住民と記者が直接、意見を交わす公開イベントを各地で開き、住民はニュースへの疑問や不満を率直に語り、記者は取材の背景や判断基準を説明している。

ガーディアン紙は編集会議のプロセスを読者に公開する「オープン・ニュースルーム」などを通じて、移民政策や気候危機などをテーマに読者と議論を行っている。どの視点を取材し、何を伝えるべきかを読者とともに考える取り組みだ。

さらに北欧では、公共放送が住民との対話イベントを開いたり、学校のメディア・リテラシー教育の一環として記者と生徒が一緒にニュースの裏取りを学ぶ授業を行ったりしている。

■信頼は“情報だけ”ではつくれない

AIでニセ情報が簡単につくられ、公共放送の中立性が問われ、若者がニュースから離れつつある時代――そんな中でヨーロッパのメディアが気づき始めているのは「正しい情報だけでは信頼は生まれない」ということだ。

何を、どの視点で伝えるのか。どれだけ透明性をもって説明できるのか。視聴者とどう向き合い、対話するのか。

そうした双方向の“関係づくり”こそが、分断の時代に必要な新しいメディアの姿なのかもしれない。

AIの進化と分断が進む中、ヨーロッパのメディアは、ただニュースを流す存在から、社会をつなぐ「対話の場」をつくる存在へと生まれ変わろうとしている。

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