田辺信介さんの追悼文集刊行 環境化学で先駆的研究 愛媛

 環境化学の先駆的研究に取り組み、2025年6月30日に74歳で亡くなった愛媛大学特別栄誉教授、田辺信介さんの追悼文集「田辺信介先生が拓(ひら)いた環境化学 軌跡と遺産」が刊行された。地球規模の生態系の化学汚染を実証しながら、国内外の門下生を多く育てた情熱の日々を95人がしのんでいる。  10日に松山市で開かれた「田辺信介先生を偲(しの)ぶ会」の実行委が家族、学会関係者、門下生らの追悼文を編集し、参列者らに配布した。  田辺さんは大分県生まれ。1977年に愛大助手になり、ダイオキシンやポリ塩化ビフェニール(PCB)などによる化学物質汚染の世界的実態を明らかにした故立川涼(たつかわりょう)さん(後に愛大名誉教授、高知大学長)のもとで残留性有機汚染物質の影響を解明。96年に教授となった。生物・環境試料を活用して地球規模での化学汚染モニタリングの基礎を築き、2011年に紫綬褒章を受章した。  田辺さんは学士111人、修士114人、博士53人(うち外国人留学生35人)を愛大で指導した。偲ぶ会の実行委代表の岩田久人教授は「田辺先生の赤いペン」と題し、博士過程の論文原稿がペンで真っ赤に推敲(すいこう)された画像を示した。「赤字の一つひとつに、意味があり、意図があり、厳しさがあった(略)。考えながら修正を進めるうちに、まるで先生と対話しているような気持ちになった」という。  もう一人の実行委代表、国末達也教授は「豪腕の勝負師を偲ぶ」として、「勝負師」としての田辺さんを「失敗する危険のある物事でも大胆に行える人」と表現した。「今思えば、先生は大胆な内容を突然ひらめいたように言葉にされる時があり、実際に化学分析してみると(略)『世界一の高濃度汚染』が判明することがあった」と振り返った。さらに立川さんが常に門下生を励ました言葉「Something New(新しいことを)」と、田辺さんの代名詞ともなった「Never Sleep Study Hard(寝ずに励もう)」をともに現代に生かし、「Study Hard and Find Something New」の研究精神を掲げていくことを誓った。  「『不夜城』のような研究室で、夜を徹して学んだ仲間たちの努力と、田辺先生の厳しく温かな指導があってこそ、単なる技術や知識の習得にとどまらず、困難に直面してもあきらめず、粘り強く継続する力を養うことができました」(修士課程修了の青野さや香さん)、「1980年代終わりから90年代初めにかけ、PCBやDDTの海洋哺乳類への蓄積は極めて高い濃度に達し、海洋汚染はたいへん大きな課題であった。田辺先生(Tanabe sensei)は正しい時に正しいことを行い、極めて大きな影響力を持つ論文の数々を情熱を持ってまとめた」(博士課程修了のインドからの研究者・クルンタチャラム・カンナンさん。オンライン追悼座談会で)との声も。  立川さんが立ち上げた環境化学という研究分野。それを世界に広め、教え子が世界で活躍するに至った田辺さんの「軌跡と遺産」の重さをそれぞれがかみしめている。  同書は非売品だが、実行委はネット上での公開を検討している。【松倉展人】

毎日新聞
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