米海軍造船所の近代化費用が10倍高騰、210億ドルが2000億ドル以上に
米海軍は2018年に4つの国営造船所(ノーフォーク、ポーツマス、ピュージェットサウンド、パールハーバー)の近代化を開始し、その費用を210億ドルと見積もっていたが、米政府説明責任局(GAO)は9月25日に発表した報告書の中で「210億ドルの約10倍、2000億ドル=約31.4兆円以上の費用がかかる」と報告した。
米海軍の艦艇調達と維持(保守や近代化)に明確な役割分担があり、主要艦艇の建造はハンティントン・インガルス・インダストリーズのニューポートニューズ造船所(空母と原潜)、インガルス造船所(強襲揚陸艦と駆逐艦)、ジェネラル・ダイナミクスのエレクトリック・ボート(原潜)、バス鉄工所(駆逐艦)、ナスコ所有の4つの造船所(補助艦艇)、フィンカンティエリ・マリネット・マリンのマリネット造船所(各種支援艦)、オースタルUSAのモービル造船所(各種支援艦やモジュール建造)が担当する。
出典:Official U.S. Navy/Public Domain
空母や原潜の保守や近代化は海軍の国営造船所=東海岸にはノーフォーク海軍造船所(フォード級を含む全空母と原潜)とポーツマス海軍造船所(原潜)、西海岸にはピュージェットサウンド海軍造船所(フォード級以外の空母と原潜)、ハワイにはパールハーバー海軍造船所(原潜)が担当し、通常動力の駆逐艦や水陸両用艦艇の保守や近代化は海軍の地域整備センター(Regional Maintenance Centers=RMC)が監督・支援し、国内外の民間造船所(インガルス造船所、バス鉄工所、ナスコ、BAEシステムズ、コロンナズ造船所、ヴィゴー造船所など)や協力会社によって作業が実施され、補助艦艇についてはRMCと別で管理されている。
米海軍が直面しているメンテナンス問題は空母や原潜の保守や近代化の遅れのことを指しており、フォード級を扱えるのはノーフォーク海軍造船所のドライドック8しかなく、これはドックの物理的な大きさ以外にも原子炉、電子機器、空調などの冷却用塩水を供給するシステムが原因で、ドライドック8はニミッツ級を想定した毎分11,500ガロンの塩水供給システムを備えていたが、フォード級は冷却用に最低でも毎分17,620ガロンの塩水が必要だ。
出典:U.S. Navy photo by Mass Communication Specialist Seaman Apprentice Alyssa Joy
さらに入渠した状態で乗員の居住や各種試験を行うため冷却用に毎分29,000ガロンの塩水が必要になるため、ノーフォーク海軍造船所は旧ポンプ施設と旧取水口を取り壊して新しい塩水供給システム(毎分20,000ガロン超)を1から作り直しており、ピュージェットサウンド海軍造船所のドライドック6がフォード級を扱えないのは塩水供給システムの能力不足に加え、ニミッツ級とは異なるキールブロックへの荷重配分、ポータルクレーンの作業効率、耐震基準への非対応のためで、ドライドック6を改修するのではなくフォード級用に新しいドックを一から作る予定で2030年代の完成を目指している。
原潜用のドライドックも状況は同じで、ロサンゼルス級用に設計されたドライドックではバージニア・ペイロード・モジュール(VPM)が挿入された最新のバージニア級BlockV(約1万トン)の全長、荷重配分、支援設備に対応できず、現行の保守や近代化を止めずにドライドックを改修するかがボトルネックになっているが、米政府説明責任局(GAO)は9月25日に発表した報告書の中で「海軍の造船所インフラ最適化プログラム=Shipyard Infrastructure Optimization Program(SIOP)は当初見積もりの20年間・210億ドルではなく、50年以上の期間と2000億ドル以上の費用がかかる見込みだ」と報告した。
出典:U.S. Navy photo by Kenny Jones
SIOPは2018年に開始された国営造船所のインフラを近代化してフォード級やバージニア級BlockVに対応させる計画で、海軍はSIOPの費用を20年間で210億ドルと見積もっていたが、GAOは報告書の中で「海軍はプロジェクトの不確実性、専門知識の確保、SIOP計画で大量に使用される資材の価格変動などの課題のため、当初費用の見積もりを全く更新していない」「2026年4月時点で完了した費用分析の結果に基づけば計画通りにSIOPを実行するための費用は2,000億ドル=約31.4兆円を超え、その期間も50年以上になる可能性がある」と指摘。
費用分析が完了した中で最もコストが安価なポーツマス海軍造船所でのSIOP実施費用ですら416億ドル=約6.5兆円かかる見込みで、50年近くかかる計画の中で2,000億ドルという費用見積もりもさらに膨らむ可能性が高く、このSIOP計画には3万トンを超えるトランプ級原子力戦艦の保守や近代化への対応は含まれていない。
出典:goldenfleet.navy
日本では軍事装備の運用・整備インフラ自体に言及されることも、具体的な問題や数字が取り上げられることもほとんどないが、米国ではトランプ級戦艦計画が登場した時点で運用インフラとセットで語られることが多く、恐らくトランプ級戦艦はノーフォーク海軍造船所のドライドック8、ピュージェットサウンド海軍造船所のドライドック6、新設するフォード級用のドライドック2でしか保守や近代化が実施できないため、計画通り15隻も建造すればドライドックの取り合いはますます激しくなるだろう。
フォード空母は10隻の建造が予定されており、これがノーフォーク海軍造船所のドライドック8とピュージェットサウンド海軍造船所のドライドック2の空きを奪い合い、トランプ級戦艦がピュージェットサウンド海軍造船所のドライドック6(ここが新設するドライドック2完成後も維持された場合)に加え、ノーフォーク海軍造船所のドライドック8とピュージェットサウンド海軍造船所のドライドック2の空き枠に割り込んでくることが予想され、このまま行けば1つのドライドックが処理しなければならない保守や近代化は8.3隻になって混雑度は1.66倍になる。
出典:U.S. Navy photo by Corwin Colbert
トランプ大統領は5つ目の国営造船所設立に言及しているが、この案についてアナリストらは「新しい国営造船所の設立には最低でも10年以上の時間がかかる」「費用も現在の価値で100億ドルから200億ドルもかかる」と述べており、既存の国営造船所の能力を拡張させるのと0から国営造船所の能力を確立させるのは別次元で「取り組み自体は歓迎できても実行するには沢山問題がある」と指摘し、それでもトランプ級戦艦を15隻建造するならフォード級対応のドライドックをあと2つは建造しなければならず、それだけで数十億ドルのインフラ投資が必要になるはずだ。
SIOP計画にトランプ級戦艦保有に備えた計画が盛り込まれ、そこに資金が配分されれば壮大なトランプ級戦艦の建造は現実味を帯びてくるものの、インフラへの投資を伴わないまま建造を強行すれば運用・維持で爆弾を抱えることになるだろう。
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※アイキャッチ画像の出典:U.S. Navy Photo by Mass Communication Specialist Seaman Steven Edgar